いろいろの部屋

□ノエル その3 聖ミカエル
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───だから、誕生日はどうでもいい
なんて日じゃない。

と子供の俺は思ったのだけれど
オスカルが、自分の誕生日に
無関心になってしまった理由は
その年のノエルにわかった。


ジャルジェ家のノエルは忙しかった。
その年は、年明けに婚礼を控えていたから
なお更、忙しかったのかもしれない。

三女のオルタンス様の婚約者の一家と
四女のカトリーヌ様の婚約者の一家が
それぞれ遠方からやって来て
しばらく滞在された。

家族も同然とはいえ
いずれも、下にも置かない様に、丁重に
もてなさなければならないお客様だった。

ノエルが過ぎたと思ったら
長女のアンヌ・マリ様が、お子様を見せに
それから、その前の年に嫁いだ
次女のクロチルド様の一家が
新年をベルサイユで過ごす為にやって来て
その合間にも、来客があって
返礼の訪問には、オスカルも
旦那様に伴われて出かけて行くこともあった。

屋敷は台所から厩舎まで
目の回るような忙しさで
俺も大人たちにいろいろ用事を
言いつけられて、オスカルの誕生日の事など
本人同様、すっかり忘れてしまっていた。



「・・・それで
わたしの誕生日と、この絵が
どう関係があるんだい?」

「次の年こそ、せめて、俺くらいは
忘れないでいてやろうって

『お誕生日おめでとう。
君の為に一生懸命描いたんだよ』

って手渡してやろうって
母さんの誕生日には、いつも絵を描いて
贈り物にしていたから」



───母さんはいつも喜んで

「なんて綺麗なんだろう!!
まるで聖母様じゃないか!!
本当に、これがわたし?
お前にはまだわたしが
こんなに綺麗に見えるのね!
嬉しいねえ・・・ありがとう
わたしのアンドレ・・・・」



そう言って
ぎゅっと抱きしめて、キスをしてくれた。


「これは、西翼の廊下に掛かっている絵を
模写したんだな。

確かに良く描けている。
10歳やそこらの子供の絵とは思えぬな。
おまえには、絵の才能があったんだな。
そっちの方に進んでいたら
案外、高名な画家になっていたのかもなあ。
けれど、妙に顔が丸い」


ふたりはいつの間にか、子供の頃のように
埃まみれの床に寄り添って座り込んでいた。


「おまえを描いたつもりだったんだ。」

「へえ・・・
これが子供の頃のわたし!?
こんな顔をしていたのか。
なるほど生意気そうで、意地が悪そうだ。
聖ミカエルの姿のわたしかあ、ははは・・・

これが、当時のおまえの心理状態
だったんだろうなあ」

「ああ、何だかすごく大人というか
立派に見えたんだ。
とても子供に見えなかった
ちょっと、おっかなかった」

「わたしはおまえにとって
脅威だったのか」

「たぶん・・・」

「ところで、どうして、この絵
ここにあるんだ?」

「誕生日まで見つからないように
そっと隠して・・・
たぶん、そのまま・・・
忘れてしまったんだろうな
その年のノエルのときも」


ふたりは顔を見合わせてから吹き出した。

         ノエル その4に続く

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