ルドヴィカの部屋

□手 後編
1ページ/1ページ

「あの亜麻色の髪の、背の高い方は
急に、いらっしゃらなくなりましたが
お嬢様はあの方との婚約を、解消された
というのは本当ですか?」

「ああ、そうだけれど
それが何か?」

オスカルは少し怪訝な顔をして
侍女の顔を見た。

「大変な美男子で、いらっしゃいましたが
お嬢様はあの方とご結婚されなくて
良かったと思いました。
あ、わたしったら、つい、ぶしつけな・・・
・・・申しわけございません、お嬢様」

「別にかまわないけれど
興味深い意見だね。
それは、また、どうして?」

オスカルは侍女の無礼をとがめるでもなく
愉快そうに聞いた。

「ちらと拝見しただけですが
あの方、すごく綺麗な手を
していらっしゃいました。
あの方、きっと手にも髪にもお肌にも
お金と手間をたっぷりと
掛けていらっしゃいますよ」

「ふ〜ん、まあやつは近衛だから
そういうことも仕事のうちだから・・・
・・・そんなに綺麗だったか!?」

「ええ、それはもう。
自分より綺麗な手の夫を持つのって
なんだか、ちょっと、嫌じゃないですか」

「ふ〜ん・・・」

令嬢の勝気の虫がむくむくと
頭をもたげてきた・・・。



乳白色の広い手が
鳥のように、ひらり、と
盤に舞い降りたかと思うと
形の良い指が静かに
しかも素早く、駒を摘み上げる。

『ふ・・・ん・・なるほど
あの滑らかでひんやりした
雪花石膏を彫りこんだ置物みたいだな。
しかも、その冷ややかで、硬そうなものが
柔らかで繊細な動きをするところが
なんともなまめかしい・・・。

今日のわたしの手も女優みたいで
まんざらではない、と思ってやって来たが
やはり、かなわぬなあ。
ルドヴィカが絶賛するだけの
ことはある・・・』

彼女は男の手を感心したように
眺めていた。


亜麻色の髪の華やかな近衛士官は
かすかに眉を上げて
熱心に盤をのぞき込んでいる
彼女を眺めていた。

───はて・・・
いったいどういう風の
ふきまわしだろう?いきなり

『偶然、近くまで来たから
近衛連隊長殿に表敬訪問を
と思って』

と現われたかと思ったら

『久しぶりに勝負しようか』

などと・・・・。

まあ、惚れた女に、突然、訪ねて来られて
嬉しくない男がいるわけもないが・・・。

しかし今日はなんだか
うわの空に見えるのだが・・・。

え、本当によろしいのですか?
そこに進められると
ご自分に王手が掛かって
しまいますけれど・・・。


『しかし・・・
わたしの良く知っている
男の手だって
荒れて、すこし、ごつごつしているけれど
大きくて、指も長くて
形も悪くないと思うぞ。

それに器用で、何でも、あっという間に
修理してしまうんだ。

それに、あたたかくって
あの荒れて少し硬くなった指先で
わたしを傷つけまいとするかのように
おずおずと触れてこられると
どうしょうもなく
高ぶってしまうんだ・・・。

ふふ・・わたしだって
別に壊れ物のような
女、というわけでもないのに・・・。

でも今朝、見たとき
乾いて粉を吹いたみたいに白っぽく
なっていた。

昨日、厩舎の漆喰の壁が
剥がれ落ちたところを
ひとりで修理していたせいだ。

かわいそうなくらい荒れていた。

ええっと
何だったかな・・
蹄油だったっけ・・
そうそう蹄油を塗って
今夜はわたしが
マッサージをしてやろうかな』

               「手」終わり

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ