ルドヴィカの部屋

□神技
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 「あ〜あ・・・」


「わ」


ちょうど廊下ですれ違うところだった
侍女のブリジットが急に倒れ掛かってきたので
抱きとめる形になった。


「ああ・・・急にめまいがして
ああ・・・まだ動悸が・・
ごめんなさい、お嬢様・・・」


よほど心細いのか、むっちりとした腕を
わたしの胴にしっかり回している。


「そんなことは、かまわないのだけれど
貧血か?気をつけないと。
ブリジットは嫁入り前の
大事な身体なのだから、しっかり食べて
ダイエットなんかするんじゃあないよ。
今のままで十分魅力的なのだから」


「まあ、お嬢様ったら」


ブリジットの頬がぽっと赤くなった。

嫁入り前の娘の恥じらいと華やぎが
なんとも眩しい。


「はい、気をつけます・・・」


・・・それにしても若い娘が貧血とは
心配だな。


我が隊でも頻繁に健康診断を行うようにして
兵士たちの健康管理に、特に留意するように
してからは、徐々にではあるが状態も
改善されて来ている。

屋敷でも若い娘さんたちを預かっているし
年寄りも増えてきたことだし
健康診断はもっと頻繁に実施すべきなのかも
しれない。
早いうちに、父上に進言しておこう。


「きゃ〜!!お嬢様!!」


なっなんだっ!?

廊下の角を曲がったところで
こんどは向こうから歩いてきた
侍女のモニクが叫んだ。


「お嬢様の髪にタランチュラが!!」


「えっ!?
ぎゃ〜獲って!!獲って!!」


「はいっただいまっ!!
じっとしててくださいまし」

「嫌だっ、まだ獲れないの!?」

「今度は前に回りましたっ
じっとしてて下さいましよ
あぶのうございます。
刺されては死んでしまいます」


「ひ〜!!」


タランチュラかモニクの手かは区別がちかない
が、何かがもぞもぞ身体中を這い回っている。
気持ちが悪い。


「はい、終わりました」


「タ・・・タランチュラは?」


「はたき落として、踏み潰して
窓から放り投げました。ご安心ください」


「あ〜ありがとう。
タランチュラを素手で追いかけるなんて
モニクは勇敢なんだなあ」


「大切なお嬢様のためですもの」


あ〜びっくりした。
知らなかった・・・最近ではベルサイユにも
タランチュラが生息しているのか。

今夜にでも、父上と相談して
早急に駆除業者を入れた方がいい。
出費が重なるのは痛いが、いたしかたない。
犠牲者が出てからでは遅い。


冷汗をかいた・・・肌着でも替えて
さっぱりしょう。




 「・・・肩幅、胸幅、トップバスト
アンダーバスト、両の乳頭の間、ウエスト
腰周り、背丈・・・だいたい揃ったわね。

皆さん、ごくろうさまでしたね。
下がってくださっていいわ」


「奥様はずいぶん細かく採寸なさるのですね」


新人侍女のルドヴィカは感心する。

「あの子、あれで、なかなか神経質で
少しでも着心地が変わると着てくれないのよ。


肌着の生地は、ごく薄手の木綿かリンネルで
ゆったりしすぎていても窮屈でもだめで
縫い目が肌に触れないように
くけるか、キセをかけて仕立てるの。

そのくせ、寸法を採らせてくれないのよ。
まあ、わたくしもあの子に

『寸法採らせてちょうだい』

って、何だか言いにくいのよね。
おかしいわよねえ、自分の娘なのに
皆さんに、こんな面倒なことを頼んで。
でも、わたくしがあの子にして上げられる事
なんて、こんな事くらいだから・・・

さあ、型紙を作りましょうか」


「はい、奥様」





 ───けっして汚れたり、綻びたり
伸びたりした肌着を着けていては駄目ですよ。

女はね、綺麗な肌着を身に着けてさえいれば
大抵のことには対処できるものなのよ。



「それは、どういう意味でしょうか母上?」

「あらまあ〜解らないかしら〜

ほほ・・そうねえ・・・
たとえば、あなたのようなお仕事をしていれば
怪我をしたりして、急に軍医様に
肌を見せなければならなくなるって事も
あるんじゃないの?

そんな時殿、方に古びた肌着を見られたり
したら、あなた恥かしいじゃないの〜」




・・・で、知らない間に
チェストやクロゼットの中の
肌着やら寝巻きやらコルセットやらは
新しくなっているんだよな。

いつも身体に程好く沿って着心地が変わらない
から、いつ、新しくなったか気がつかない
くらいだ。

さすがにコルセットは仕立てに出すけれど
母上が細かく指示をつけて、注文しておいて
下さるのが、一番着け心地がいい。

それにしても、寸法も採らずに
どうしてこう、身体にぴったり沿うような
着心地の良い肌着を用意してくださることが
出来るのだろうな。


母上って凄くないか!?




          2013.7.2

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