「やさしい雨」の部屋

□幼なじみ その6 恋人たち
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 「お身体の具合はいかがですか?」


老けたキューピッドのような青年は
2日ぶりに中庭に姿を現した彼女に
声を掛けた。


「熱が下がらなくて、安静を言い渡されてい
慣れない事はするものではないな・・・

あの娘さんは?」


「あの後、すぐに帰りましたよ。
もう二度とここへは来ないと言っていた」


「そうか、クサい芝居だと思ったがな
上手くいったのだな。

おいっ!!

抱えられて運ばれて行くというのは
打ち合わせにはなかったぞ。

まあ・・・上手く行ってよかったのかな・・・

・・・ただ、一目見たとき
想像していたのとは全然違った
素朴で清純そうな娘さんだったので
それで、心が痛んだ」



「ええ・・・
実は、母親は嫌な女なのだが
あの娘は悪くないんだ。
わたしも、彼女のことは本当の妹のように
思っている」



「子供の頃から一緒に育って一緒に遊んだ。

本当の姉妹のように思っていた。
花輪を編んだり、お人形の服を作ったり
おままごとや・・・

でも一番好きだったのは『お芝居ごっこ』
だった・・・。


「わたしは王子、彼女は姫君で・・・

自分の理想の王子や騎士の役を
演じるのは楽しかった。心がときめいた。

わたしは、大人になったら
役者になろうって
本気で考えていたんだ。

結婚の約束も何十回もした・・・

でもそれは、お芝居ごっこの中での話しだ」



「大人になって気がついた。
彼女に対して、心がときめいたことは
一度もなかったって。

そして、大人になって、心がときめいたのは
決まって同性だったんだ」



彼女は、急に
目の前の青年の輪郭や芯らしきものが
くっきりと浮かび上がって来るのを感じた。


「幼なじみというのは、やっかいなものだ。
彼女は大人になったわたしのことを
認められないんだ。

わたしがなにか頑固な心の病いにでも
罹っていると思っている。
そして、自分の愛の力で正しい道に導いて
やれると思っているんだ・・・。


ああするしか、なかったんだ。
あれでよかったんだ。
これで彼女も不幸にならずに済む。
わたしも幼なじみの重荷を下ろせる」



『幼なじみの重荷か・・』


彼の気持ちが、少しわかった気がすると
彼女は思った。


「まあ、わたしも良い行いの手助けをしたと
思ったら、気が楽になった。

ところで約束は守れよ。
あの子には・・・アンドレには
ちょっかいをだすな」


彼女は青年を軽く睨んだ。


「もちろん約束は守りますよ。
わたしたちはもう親友でしょう!?」


「うぬぼれるな」


そこへ品の良い初老の紳士が
ゆっくりやってきた。

若い男とその紳士の視線が絡み合うと
彼女も、おやと思うほど
彼らの目に素直でやさしい
あたたかな光が宿る。



『なあんだ、恋人がいたんだ』



と彼女もほっとして、微笑んだ。


紳士は彼女に向き直って
微笑みながら、心のこもったお辞儀をした。


「彼が、大変お世話になったと聞きました。
わたくしからも、心からお礼を申し上げます。

さて、わたくしどもは
これから昼食に参りますが
奥様も、ご一緒にいかがですか?」



「ええ、ご迷惑でなければ、喜んで」




            幼なじみ おわり

                2013.5.26

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