綺麗な人。

□金色の音
6ページ/7ページ




「何だその音程はっ!話にならん、退場」



週に四回ある合奏。それは地獄であり、格差社会を象徴する場でもある。



次々と音楽室から追い出される一般組の先輩達。



一人ずつ、衆人環視の中で吹かされるのが合奏中盤のお約束。



「退場」と言い渡された者は各パート部屋に戻り、注意され節をひたすら練習する。完璧にできた状態で戻らなければその場で再チャレンジしてまた戻されるという屈辱を味わうのだ。



「そんな出来で戻ってくるな馬鹿者!」



「すみません」



そう、目を濡らしながら駆け足で戻って行く先輩。



まずそもそもこの合奏に出るのは推薦組と選抜で選ばれた先輩方。



推薦組はもちろん一年しか居らず、だからといって退場させられる様なへまをする奴もいない。



……多分私以外は。



「只野、なんだ推薦で入ってその様は!」



「すみません」



「すみませんじゃねぇんだよ。謝る前に指回しくらい出来るようにしとけってんだよ!はい退場」



即座に楽譜と楽器を持ってその場を去る。



駄目だ、パート部屋には戻れない。あそこには一般の新入生と選抜あぶれの先輩、そして退場させられた先輩がいる。



……推薦なのに退場してきましたとか、そんな済ました顔で練習できるわけがない。



誰もいない楽器庫に寄って、余っているメトロノームと譜面台を一つ小脇に抱える。



屋上に行こう。もうそこしか吹ける場所が無い。



結局私は変なプライドをこのまま背負って、大好きな吹奏楽を義務として吹くしかなくなるのかな。



目尻に滲む涙。



駄目だ、こんなところで泣いてもいいことなんか無い。



階段を駆け上がって、施錠されていないドアを押す。そこは雲一つない青空が私を迎えてくれた。



もう、今日はここで日が暮れるまで曲練してやる。



譜面台と楽譜をその場に置いて、普段思い切り吹けない音を一発。



HighB♭の高く、澄み渡る音。あぁ、漸く私の音を鳴らせてあげたね。銀色に光る私の楽器を一撫で。楽器だっていい音を歌わせてあげなきゃ、枯れていくもの。



「ごめんね」



ぽつり呟いて、楽器を構え直す。コーチに退場させられたフレーズを一息に吹けば、ほらやっぱり間違うことなくできる。



緊張、が私のこれからの課題かな。



色々と吹き方を変えながら二・三度くり返して吹く。



集中していた為か、私はその時、背後に人がいることなど何も察知できなかった。



「只野」



ひっ、と後ろを振り返る。うわ、まさか人がいるとか予想外だった。



って、あれ、青峰君?



「それってどーやって吹いてんの」



「え、ペットのこと?」



「あぁ?ペット?」



「あ、いやトランペット……」



「そ、それ」



同じ指で違う音吹いてんじゃん。まじ意味わかんねぇ。そんなこといいながら楽器を掴もうとする彼。いや、さすがの青峰君でもすぐにこれは渡したくない。



「あー、ちょ触るのは待って。えっとね、音は基本、自分の唇で作ってるの」



だから楽器は自分が作り出す音を補助してくれる機械みたいな物。とか説明してもやっぱり眉間に皺を寄せて「わかんねぇ」と一言。



「第一、唇でそんな音が出るかよ普通。口笛とかじゃねぇだろ?」



え、口笛?「いや、唇を振動させるの」とマウスピースを楽器から抜いて実演してみれば、何となく理解してくれた模様。なんかかわいいなこの人。



「おーおー、ちょっと吹かしてみろよ」



そう言いながら私の手の中にあるマッピ(マウスピース)をさっと奪い取る彼。そして何の躊躇も無く吹き始めた。



え、ちょっと待って。吹き口タオルとかで拭き取らせてせめて!うわ、これ間接ちゅーとか、まじですか。



「あん?なんねーな。むず」



「え、あぁ、こう唇をぶーって」



「おう。……あ、こんなもん?」



「おお、いい感じ!」



って、何ふつーに吹き方レクチャーしてんのよばか!練習しにきたのにもー何してるのー!



それでも何故か懸命に私のマッピを吹く姿が少し出会った時の彼とだぶって、あぁやっぱり同じ人なんだなぁと今更実感する。




次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ