真実の愛

□序章
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───ドンドンドン!



「どうぞ」

「校長、どういうことか説明していただけますかな?」


荒々しく部屋に入ってきたスネイプがサッと部屋を探るように見回したのを面白そうに笑い、ダンブルドアは「はて、何のことかの?」と髭を撫でた。


「惚けないで頂きたい!ルイス-ラオドールのことです!」


先程出て行ったばかりの少女を思い浮かべ、ダンブルドアは微笑んだ。


「ルイスがどうしたのじゃ?」

「母親がアフロディテの者だというのは本当ですか」


声の音量を下げるスネイプに、ダンブルドアは驚きを顕にした。


「ルイスがそう言ったのかの?」

「はい」

「ふうむ・・・」


難しい顔で唸るダンブルドアに、スネイプはイライラと腕を組んだ。


「何を考えておいでなのですか!今年はそれでなくとも"あの子供"が入学してくる年だというのに、今度はアフロディテですか!」

「セブルス」


ダンブルドアの咎めるような、鋭い声がスネイプの名を呼んだ。


「そうじゃとも。あの子は先代アフロディテ家当主、アリス-アフロディテの実の娘じゃ。

 あの子は確かにアフロディテの血を継ぎ、当主としての頭角を顕にしておる。じゃが、あの子が何の考えもなしにそれを口にすると思うかね?

 君を信頼してのことじゃろうと思うが」

「それはこの際関係ないでしょう!私が聞いているのはあの娘をどうするつもりなのかということです!」


机に手を叩きつけたスネイプの暗い瞳を見つめ、ダンブルドアは静かに口を開いた。


「普通の子供として生活させ、あの子自身に未来を選択させるのじゃ。

 儂らはあの子の家族であればそれでよい」


力強く言い切ったダンブルドアに、スネイプはゆっくりと身を起こし背を向けた。


「セブルス?」

「私には関係のないこと。あやつが厄介事を引き起こさなければどうとでも」

「・・・そうかの」

「失礼します」


夜の闇を引き連れて去って行ったスネイプを見送り、ダンブルドアは深く椅子に座り込んだ。


「あの子は、また人を敬遠してしまうのじゃろうか・・・。上手くいかぬものじゃのう」















翌朝。朝食の席に向ったスネイプは目の前の光景に石化した。

ルイスがマクゴナガルの肩を揉んでいる。何をしているんだこの娘はと眉をしかめれば、「おはようございます」などと軽い挨拶が返ってきた。


「ありがとう、ルイス。大分楽になりました。また今度お願いしますね」

「喜んで」


この時期一番忙しいのは、副校長たるマクゴナガルだ。
新入生への手紙は手書きで出すという謎の執念を毎年見せるマクゴナガルへの配慮であろうことは推測できたが、彼は何事もなかったかのように席に着いた。


「今年は随分と多くはありませんか?」

「ええ、フィリウス。まだ受け取っていない生徒がいるのですよ」

「ほほう?」

「まったくあそこのマグルと来たら・・・」


フリットウィックを相手に愚痴の怨嗟を垂れ流していたマクゴナガルは、席を離れたルイスを呼び止め、後で部屋に来るようにと告げ、再び愚痴を始めてしまった。
















コンコンコン───


「ルイスです」

「お入り」


マクゴナガルの部屋から聞こえてきた声に疑問を感じ扉を開けると、そこにはふかふかの肘掛け椅子に腰掛けたダンブルドアがいた。


「ミネルバは?」

「梟小屋じゃ。もうすぐ帰ってくるはずじゃ」

「で、その猫は」

「ミネルバのペットじゃ」


ダンブルドアの膝で丸まっていたトラ猫が薄っすらと目を開け、軽く伸びをした。目の周りの縞模様を見て目を細め、ルイスはくん、と鼻を動かす。


「触っても?」


ダンブルドアが頷いたのを確認し、トラ猫の前に手を差し出す。トラ猫はルイスの手に鼻を近づけてにおいを嗅ぐと、撫でてくれとでも言うかのように擦り寄ってきた。

優しく抱き上げると、毛並みを確かめるように撫で、瞳を覗き込む。


「ふむ。・・・貴女は誰?」


身を翻した猫はルイスの手から抜け出し、少し離れたところでルイスを見上げた。

猫が軽く笑ったように思った次の瞬間、そこにはタータンチェックを纏った女性が立っていた。


「・・・」

「驚きましたか?」

「・・・」


化石していたルイスが顎に手をやり何やらブツブツとつぶやきだしたのを見て、マクゴナガルとダンブルドアは顔を見合わせニヤッと笑った。


「魔法ですか?」

「ええ、動物もどき―アニメーガス―といいます」

「・・・二人して人が悪い」


苦笑したルイスにマクゴナガルは悪戯が成功した子供のように笑った。


「ですが、どうして猫が人だと分かったのですか?」


まさか変身が見破られるなんて、と驚いた様子のマクゴナガルに、ルイスは肩を竦めた。


「あまりにも行儀が良かったので」

「まあ!」


コロコロと笑う彼女にルイスも柔らかい笑みを浮かべた。















肩揉みのお礼にと紅茶を振舞われたルイスは図書館に寄ってから自室に戻り、書斎に引き篭もった。

目的のページを探り当ててしばらく読みふけり、僅かに目を伏せる。到底今すぐには行えないような難解な過程に、しかし自分の特異さを知るルイスは好奇心に煽られ、カイノスとレトを引き連れて外に出た。

前に辿った道を歩き、森の奥へ進む。

泉に辿り着いたところで、ルイスは立ち上がり、深く息を吐いたところでゆっくりと目を閉じた。


風の音

木々の香り

水の流れ

空の高さ

大地の鼓動

森に息づく動物達の呼吸


それら全ての中に自分がいることを理解し、そしてそれら全てとともにあることを実感する。

呼吸を、命の波長を合わせていく。

自分を中心に円を描くように縁を紡ぐ。

いつも雁字搦めにしている魔力の紐を僅かに緩め、乞い願う。


ふわりと鼻に香るにおいの変化に目を開けると、目に映る視線が随分と低くなり、土のにおいが全身にまで広がる。

一歩踏み出したところで、体のバランスを失い倒れる。もう一度身を起こし、ゆっくり、慎重に四肢を動かす。

何度か倒れ、少し慣れたところでゆっくりと泉を覗き込んだ。


「・・・」


金の瞳と目が合い、もう少し身を乗り出したところで自分の姿を確認し、ふっと息を洩らした。


[ようこそ、月の瞳を持つ森の王レヴォネ。黒き王の代弁者よ]

「レヴォネ・・・?」

[その姿に相応しい名前が必要だろう?]

「・・・そうだな」


自分の口から発せられる多重の響きを持った声に、ひげをそよがせる。


「私の声は魔族のそれか」

[そうだ]

「視界も何もかもが新しい。自由に動くこともままならない。だが・・・素晴らしいな」


レトに声をかけ森を駆ける主人に、カイノスは沸き立つ喜びに心を躍らせた。

漆黒の君そのものとも言える魔力を迸らせて駆けるその姿は何ものにも例えがたく、その魔力にあてられた動物達が陶酔した様子で主を見つめているのを眺め、同じような視線を彼女に送る。

ふと立ち止まったルイスは、嗅ぎ慣れた薬品のにおいに眉を顰めた。


「今度は何の用だと言うんだ・・・アルバスもいい加減彼で遊ぶのをやめてくれないものか」


人の姿になったルイスが黒い男のにおいがした方を避けて移動する姿に、軽く溜息を吐いた。

主が既に森の構造を掌握していることもしかり、その先に待ち受けるものもしかり。


[それでも我は我等の王への思いを断つことができないのだ、愛しき主よ]


どんな結果を望もうとも、先を決めるのは主。

ルイスの進む先を見つめ、カイノスはやれやれと首を振った。


「・・・何をしておいでですかな?泥だらけになって。Miss.ラオドール?」

「・・・昼下がりの散歩を楽しもうかと」

「いい加減にしていただきたいものですな。どうすれば君に校則というものをご理解いただけるのか教えていただきたいくらいだ」

「まだ入学はしていませんが」

「ほう、我輩に減らず口を叩くとは・・・」

「滅相もございません。・・・今回は何です、またアルバスですか」

「分かっているのなら大人しく部屋にいてはどうかね」

「こんな良い天気の日に?これでもまだ遊びたい年頃なのですが」

「では、森以外の所で遊び、三度の食事には顔を出したまえ。毎度マクゴナガルの小言を聞くのは御免だ」


はいはいと適当に返事をした彼女の頭をスパーン!とはたき、スネイプは盛大な溜息を吐いて城へと歩き出した。














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