アナタと共に

□序章
5ページ/8ページ





シーナは授業中にするように手を挙げた。


「何じゃ?」

「ダンブルドア先生、私は今後の生活について決める前に、いくつか確認したいことがあります」

「ふむ、聞こう」

「あなたは、私に未来やそれに関する情報の開示をお望みですか?」


ダンブルドアは柔らかい表情を保ったまま、シーナが苦手な『眼』でシーナを射貫く。


「おそらく言えることじゃが、それは今はもちろん、今後も望むことはないじゃろう」

「なるほど。では、私がその知識を持っているとご存知の上で、何らかの手助けをお求めになることは?」


シーナはずっとダンブルドアの『眼』を見ていると、何度も引き込まれるような不気味さを感じたが、それでも目をそらすことはしなかった。そんなシーナを見つめ、ダンブルドアは愉快そうに髭をなでている。


「ないとは言い切れぬ」


シーナは咳き込み、初めて自分が異様に緊張していることに気づいた。カップに手を伸ばすが、中身がないことに気づいてフーッと息を吐く。
造作もないことだとばかりに再びカップに液体が満たされ、シーナは慎重に唇をぬらした。


「私はいち読者として、可能な限りではありますがハリー・ポッターに協力するつもりでいます。ですが、そのためにはあなたにご助力いただきたいのです」

「何でも言うてみよ」


淀みなく言葉を発した娘の目に恐怖はなく、あるのは純粋な願いやある種の希望。


「可能な限り私に戦闘訓練をつけていただきたいのです。あとは先生もおっしゃっていた生活に必要な身分の確保に加え、経済的な援助もお願いしたい」


ダンブルドアは目の前の女を『視て』いた。この娘は信用に足るのか否か。よほど緊張しているのだろう、冷や汗を流し顔を赤くしているこの若い娘が、この魔法界にどんな影響を与えるのか。
未来を知るという娘に力を与えて、果たしてどうなるというのだろう。


「君はハリーの手助けをすると言うたな。具体的にはどのようなことをするつもりじゃ?他に何か考えていることがあるのではないかの」


そこでは開心術を使わないのかとシーナは思った。彼女は理性で自分を縛り付ける。それはなるべく正直者でありたいという彼女にとって重要かつ大切な思いからだった。

こんなに空気は重かっただろうか。浅く、早まる息を何度目になるかわからない深呼吸で整える。


「彼が試練を乗り越え、なすべき時になすべきことをなせるように、試練に立ち向かえるように導き守るつもりです。その過程で失われる命を救うこと。それ以上は望みません」


口にして初めてシーナは自分がどれほど罪深いことをしようとしているのかを自覚し戦いた。自分はこれから、傲慢にも命の取捨選択をしようというのだ。
己が生かしたい者を生かし、そうでないものは見捨てる。あまりにも利己的な考えだ、エゴの塊だ。
自分の手が届くすべての人を助けるために命を張ってみせるとは、口が裂けても言えなかった。彼女は決してみんなの英雄などではないのだ。


「君の考えは理解した。わしにできることならば手を貸すと約束しよう」

「っ、ありがとうございます!」


こうして、シーナは自分の意思で魔法の世界に飛び込んだ。

その後、シーナはダンブルドアと話しあい今後のことを考えて漏れ鍋の一室を月単位で契約し居を置くこととなった。各教員が集まり次第この城ではニコラス・フラメルの創造物を守るための準備に入るからだ。

シーナにはダンブルドアがグリンゴッツにいくつかあるうちの金庫の一つを分け与えられ、そこから必要な経費を工面することになっている。
『こんなもんかのう?』と提示された額にシーナが目を回したのは言うまでもない。もともと決して裕福とはいえない家庭で育った娘には多すぎる資金に、それをぽいと手放してしまえるこの老人の神経はどうなっているんだと本気で疑うことになる。

では今後の予定を話し合おうという段階になって安心してしまったのか、シーナの腹が小気味いい音を立てたため、いったんはお開きとなった。


「ちょうど良い、これから夕食の時間じゃから皆にも君を紹介しよう。買い物の引率も必要なことじゃろうて。それに、君を救った者にも会える」


言われて初めてシーナは自分を森から救い出した人間がいることに気づいた。そうと決まれば彼女は早く自分を助けた人間に会いたくて仕方がなくなった。会って礼を言わなければならない。その誰かが助けてくれなければ、シーナはここが彼女の最も愛する『ハリー・ポッター』の世界であることにすら気づかずに餓死するところだったのだから。

森をさまよっている間に筋力が衰えてしまったためか、ろくに言うことを聞かない足で立つと、ダンブルドアがスマートに彼女を支え、エスコートした。
彼女の心を言い表すなら、うわあ英国だ、で事足りるだろう。

ダンブルドアに支えられながら円形の部屋を出ると、そこにはシーナが焦がれ、夢にまで見たホグワーツが広がっていた。
ひやりとする地面は大理石で、シーナの素足を心地よく冷やす。廊下を照らす明かりは蝋燭で、炎に揺られて陰影のある絵画は興味深そうにこちらを見てひそひそと話している。

においからして日本とは全く異なる国だと感じられ、シーナの目からは火傷するのではないかというほど熱い涙がこぼれ落ちた。


「本当にホグワーツだ・・・」

「ほっほっほ、信じられぬかね?きっとここは君の期待に応えてくれる筈じゃ。おお、気づかなんだ、靴がないのじゃな。ほれ、これでどうじゃ」


彼の杖の一振りで、シーナの足下にショッキングピンク色のふかふかとしたスリッパが現われた。シーナが礼を言ってそれをはくと、2人はまたゆっくりと歩き出す。

ダンブルドアは道中絵画の住民に挨拶をしたり、ホグワーツについての話や愉快なジョークを披露してシーナを楽しませた。

そうしてたどり着いた大広間に入り、シーナはまた泣きそうになるのをこらえた。

そこにはホグワーツの教員たちが円形のテーブルを囲み談笑をしている姿があった。一目見れば誰が誰なのか分かる。胸が苦しくて仕方がなかった。声が聞こえる。触れられる距離に彼らがいる。もしかしてこれは夢なのではないだろうか、夢ならどうか醒めないでと願いながら、シーナはダンブルドアについて行く。
そっと視線を動かして見つけた“くろいろ”に、心が歓喜の声を上げた。まだこちらに気づいていない。今この瞬間彼が生きている当たり前を前に、シーナのキャパシティはとっくに限界を迎えていた。


「おおーっ!」


何だ今の咆哮は。シーナが首をすくめると、その頭上に大きな影が現われた。


「目ぇ覚めたかちびっ子!よかったなあ!!ダンブルドア先生、ありがとうごぜぇます助けてくだすって」

「いやいやハグリッド、わしは何もしとらんよ。ほれシーナ、彼が君を助けた男じゃ。彼はルビウス・ハグリッド、ホグワーツの領地と鍵の番人じゃ」


想像していた5倍くらい彼は大きくて、毛むくじゃらで、そして優しそうな目をしていた。シーナは彼に聞こえるように声を張り上げる。


「初めまして!私、シーナ・リベルタスです!ハグリッドさん、助けてくれて本当にありがとう!」

「よせよせ、ハグリッドさんだなんて!ハグッリドと呼んでくれや、みーんなそう呼ぶからな!お前さんなんで森なんかで・・・あー、あんなところで倒れちょって、ファングが見つけにゃ気づかんところだったぞ!良かったなあ目ぇ覚めて!」


シーナが森で倒れていたのは秘密だったのだろう、今となっては手遅れな気もするが、彼は『森』という単語を出した途端声を潜め、ポンポンと彼女の肩をたたいた。
呆気なく膝がガクンと折れ、ハグリッドがわたわたと謝罪するが、たいしたことはないと笑みを浮かべる。


「まあ、なんてこと!!」


二つ目の叫び声に、いよいよ先生方からの視線を感じながら声の方向を見ると、校医と思われる女性が肩を怒らせながらずんずんと近づいてくるのが見えた。
すかさずダンブルドアが参ったのポーズをする。


「極度の栄養失調だったのに起きてそうそう連れ回すとはどういう神経をしているのですか、ダンブルドア!」

「ポッピーや、ほれ、シーナが怯えておる」


鼻息も荒く彼女が杖を振るとどこからともなく空飛ぶ椅子が現われ、シーナはあれよあれよという間に座らされ、教員たちから少し離れたところで問診を受けたり脈を測られたりした。

その間にダンブルドアが教員に向かってシーナを紹介している話し声が聞こえる。どうやらシーナはダンブルドアの日本にいる古い友人の孫で、遅れて魔力が開花したため縁のあるホグワーツで保護することになったということらしい。こちらに来る途中で手違いがあって森で迷子になったと説明しているが、少々無理があるんじゃなかろうか。
案の定何人かが質問するのをダンブルドアはさらにねつ造を重ねたり受け流したりして結局丸め込んでしまった。

これがアルバス・ダンブルドアという男が持つ影響力なんだろうか、なんて考えているとマダム・ポンフリーに瞼をめくられたり口を開けさせられ、よくわからない熱い液体を飲まされ、最後に大きなため息をもらった。


「全く困った方です。よろしいですか、今日はスープなど消化のいいものから食べるのですよ。無理に食べる必要はありませんが、あとで今のとは別に、栄養剤を飲んでいただきます」

「は、はい、ありがとうございます」


彼女の杖の一振りで椅子は軽快に滑り出し、ダンブルドアの横に設けられた空間におさまった。集まる視線に思わずよそ行きの笑みを貼り付けると、シーナはガチガチに緊張したままダンブルドアを見上げた。


「シーナ、ここにお集まりの方々はホグワーツの先生じゃ。ほんの一部じゃがの。さあ、挨拶を」


焦りながら車椅子から立とうとすると、マダム・ポンフリーににらまれたのでおとなしく座る。眠れるドラゴンを起こす様なへまはしたくない。


「座ったままですみません、シーナ・リベルタスです。21歳という年齢で遅ればせながら、今年度からこちらでお世話になります。どうぞよろしくお願い致します」


シーナがなんとか挨拶をすると、次々に先生たちが自己紹介をした。敬愛する先生方とのファーストコンタクトに、シーナは半ばパニックである。


「さて!みんなシーナに興味津々のところ悪いのじゃが、続きは食べながらにいたしましょうぞ」


おいしそうな料理が並ぶテーブルを眺めると、即座に手が伸びてきてシーナの前に豆のスープを置いていった。イギリスの料理ということでドキドキしていたが、ホグワーツは別なのか予想をはるかに上回る味のスープに、シーナは思わず笑みをこぼす。五臓六腑にしみわたるとはこういうことなのだろうと思いながらペロリとトマトベースの豆スープを平らげると、クスクスと笑い声が上がる。
その笑みは決してシーナを責めるようなものではなく、どこまでも軽やかで、そっとシーナの頬を染めた。

若い子がたくさん食べるのは実にいいとマクゴナガルを筆頭にあれも食べろこれも食べろと皿を渡され、シーナの席の周りはすぐに料理で覆い尽くされてしまった。
マダムがチクチクと注意をしているのを聞きながら、シーナは一人一人に礼を言ってなるべく全部食べるようにした。誰がなんといっても、飢えが満たされるだけでひどく幸せで、結局シーナはマダムからストップがかかるまで食べたのだった。










_
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ