柔らかな月と、銀狼

□下らない日常
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「ただいま」





玄関を開けると、毎回のように聞こえてくる両親の怒鳴り声が今日も例に逃れず聞こえてきた。



母がいる日はいつもこうだ。


(聞こえないフリ、聞こえないフリ・・・)


そそくさと晩ご飯を作り、一人で食べる。



もう何年も前から家族揃って食べていない。否、母と、食べたことが記憶上一度も無い。




「そもそも!何で私ばっかりに麗を押し付けるの!?」



「母親だろう!たまには親らしくしたらどうだ!何度も言わせるな!」




父の言い分はもっともなんだろうなと思う。




なんせ、母は殆ど家におらず、外に男を作っていて、帰って来るほうが珍しい。


この二人は、お見合いで両親に結婚されたと聞いた。


父は母を好きになろうとしたが、母にその気は見られず。





「大体、本当の娘じゃないじゃない!」




そう、私はこの人の娘ではない・・・らしい。


どういう経緯かはまだ教えて貰っていないが、物心が付いた時にはここにいた。


私が育つにつれて母の浮気がエスカレートしているんだから堪ったもんじゃない。




「もうウンザリ!離婚よ!」



「っ!こっちこそ・・・もう我慢の限界だ!さっさと出て行け!」




今日はつくづく、厄日なようだ。





荷物を纏める母を、何処か他人事のように見つめる麗がいた。

ほんの一瞬、目が合ったような気がした。


「母さ───」








バタン──────






机の上に叩きつけられた離婚届に、何故か腹が立った。






「すまんな、麗。大丈夫、父さんが何とかするから・・・心配するな」





悲しそうな顔で頭得を撫でてくる父に、鼻の奥がツンとした。



もう何年も泣いていないのに、その手は大きく温かくて。できることなら、縋り付いてしまいたかった。甘えてしまいたかった。





「・・・大丈夫。私は、大丈夫だから!あー、ちょっと散歩してくるね!」





そういうが早いか、制止の声にも振り向かず、麗は家を飛び出した。







薄く赤色を帯びた、しかし決して混ざり合わない青い空に、白い白い月が浮かんでいた。










走って走って走って、もうここがどこかなんて分からない。



空を見上げると、いつのまにか日の落ちた空に、白かった月が白銀の光を帯びてそこにあった。





美しいとも、冷たいとも。



星に囲まれる様は、羨ましいとさえ思われた。




もう、いっぱいいっぱいだった。





涙なんて、もう何年も昔に枯れている。



痛む心なんて、とうに壊れている。



流れ星が落ち、まるで月が泣いているようだと思った。





もう嫌だと思った。


ふと、思ってしまった。






その場に寝転がった麗は、冷たいアスファルトを背に、目を閉じた。





目に映る世界の全てから、自分を遮断するために。














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