貴方が、居るから
□罠
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最近、アノ男の機嫌が良い。
なんでも、隣に越してきた人が母に似ているそうだ。
・・・まぁ、そんな事を聞いたところで
私にはその人と話すことも、
その人を見つめることさえも、
できないのだけれど・・・
§
ピ〜ンポ〜ン・・・
「・・・誰だ?くそ・・・オイ、じっとしていろよ」
誰だろう。
というか、じっとしていろと言われても、ベッドに縛り付けられている私に、何が出来ようか。
「こんにちは」
「・・・はぁ、こんにちは」
「私、隣に越してきたエマ・ドルシーと申します。
えっと・・・あの、よろしく御願いい、致します///」
「あ、どうもご丁寧に・・・此方こそよろしく」
・・・少し低い、女性の声だった。
そんなことよりも、他人に対してアノ人がいつもより優しい声でしゃべっていることが今年一番の驚きかもしれない。
「私、以前は日本に住んでおりましたので・・・英語とかイロイロ間違ってたりするかもですけど、あの、あの・・・」
「・・・よろしければ、ここいらをご案内いたしましょうか?よろしければ食事などもご一緒に」
「い、いいんですか!?嬉しい///」
「ははは、用意してくるので少し待っていてください」
一度会話が途切れ、こちらに向ってくる足音がした。
「今日は注射で終わりだ。おとなしく寝ているんだ。分かったな」
「・・・」
「チッ」
乱暴に腕を取られ、チクリとした痛みが走る。
「暴れるんじゃないぞ。分かったな」
「・・・」
「フン」
あぁ、なんてことだろう。
あんな化け物に、
あんな怪物に、
あんなに綺麗な声をした人が、目を付けられるなんて。
どうにかして助けてあげたいが、自分には無理だ。
ここを動くことなど、できっこない。
「では、行きましょうか」
「はい///」
そういえば、昔母がアレはハンサムで優しいと言っていた。
そんな記憶があるようで、全くないのだが、女性の扱いには手馴れているのかもしれない。
ごめんね、何処かの誰かさん。
助けて、あげられなくて。
そいつに捕まる前に、どうかここから逃げてください・・・
§
「このレストランはお勧めです。
安いし、おいしいんですよ」
「へぇぇ・・・わぁ、メニューも沢山ありますね!!」
「ゆっくり選んでくださいね」
隣に越してきた女性は、妻に似た可愛らしい、“黒髪黒目”の20前後くらいの人だった。
・・・懐かしさもあるが、自分の行動にホトホト呆れ返るばかりだ。
実験よりもこの女性を優先するとは・・・堕ちた物だ。
「じゃぁ、私はパンケーキで」
ウエイトレスを呼びつけ、自分も同じ物を注文する。
「エマさんは、どうして英国に・・・?」
紳士的な微笑を顔に貼り付け、当たり障りない質問を投げかける。
「あ、私、魔法とか言うのに興味があって・・・!」
突然、キラキラと輝きだす彼女の瞳。
「イギリスって、本場じゃないですかッ!」
「確かに。未だに魔女の末裔だ、だなんて人もいますからね」
「そうなんです・・・!」
適当な世間話をしながら、運ばれてきたパンケーキに口をつける。甘党なのか、たっぷりとメイプルシロップをかけている。
甘党なのだろうか。
「フフ、頂きます」
「お口に合えば良いのですが・・・」
食器を動かす手は上品で、良い教育を受けていることが汲み取れた。
「美味しいッ!!」
「それはよかった!」
§
「今日は有難うございました!」
勢いよく頭を下げる彼女に困ったことがあればいつでも言うように言い、それぞれの家に帰った。
「・・・」
寝ているのか、起きているのか。
喋る事さえしない“実験対象”に、酷い苛立ちを覚えた。
ガッ・・・!!
「〜〜〜〜〜っ!!!」
「お前の所為だ」
「・・・」
「お前さえ生まれてこなければ・・・」
ドッ・・・!!
「死ね・・・死ね!!この欠陥品が!!役立たず!!」
「・・・」
「そんな目で私を見るなぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
バキッ・・・!!
理不尽な暴力の雨の中霞む意識で彼女が思い浮かべたものとは・・・・・・
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