科学者の持論

□第壱話
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「大体何故私が貴様なんぞに付き合わねばならないんだネ?

 実に不愉快だヨ・・・」



「ま、まぁまぁ」




朝日が昇り、心地良い風が吹き抜ける中、道行く人が自らその歩を止めては道を開ける。



それもこれも、朝から実験の手を止められた上に嫌いな男の言いなりにならねばならず最高に苛立っている、素顔の予想が出来ないほど濃い化粧をこれでもかとばかりに顔に施している男の所為である。




隣を歩く金髪の男は困ったように笑いながらも、周りに頭を下げていく。





「チッ」


「あ、アハハ〜」


















ギィィィィーーーーーバタン







二人がやってきたのは、『蛆虫の巣』と呼ばれる中でも最も危険な者が繋がれているとされる、最下層の独房。

明かりも無く、ただただ闇の広がる牢獄に入ったものは、短期間で気が触れたという。


そこに繋がれている人物こそが、金髪の男が必要とする人物であり、此処に来たたった一つの理由なのだ。




「ここに、マユリさんが繋がれていた牢よりも更に地下深くに、もう一つの牢があるってことはご存知っスよねぇ・・・」




「・・・それが何だと言うのかネ」




「そこに入っている人は、ボクの大切な家族なんです。

 今回はその人を出すために来たっス」




「・・・」




「それで、一つだけ」





ピ、と上げた人差し指を立てて、彼は言った。




「用心、して下さい」






















「坂井ルナ、面会だ」



看守に案内されてきたのは、狭過ぎる部屋にポツリと小さな寝台が置かれ、太い、霊力を遮断する為の格子が嵌められた牢獄。




「・・・姉さん」


「・・・?」




ぼそりと掠れた声で言う男に、隣の男の興味がそそられる。



『姉さん』と呼ばれるからには、女なのだろう。




チラリと格子の隙間から覗くと、驚いたことに座禅を組んでいるではないか!

誰もが気を触れると言う、この牢獄で!




変な奴。




自分のことを棚に上げた言葉が、彼の脳に刻まれた。



















「あァ・・・随分と遅かったな、浦原?」































浦原、と呼ばれた金髪の男は、聞こえてきたこれまた高いわけでもなくかといって低いわけでもない声に、身を震わせた。





「姉さん!」






先程の看守に預かっていた鍵ではなく、浦原は―――――――











ガシャァァァァァァン!!














―――――――自らの刀を抜き、一息に格子を切り落とした。




ずかずかと入り込み、いまだ座禅の姿勢を崩さぬ女の前に跪く。




それはもう『驚いた』などという言葉では言い表せないほど驚いた。





・・・彼から発せられた言葉に。







「姉さん、ボクを思い切り蹴り飛ばして下さい・・・!」




「・・・何?」






女・・・否、坂井ルナを見上げながら、浦原は更に言葉を続ける。




「ボクは姉さんとの約束を破ったばかりか・・・」




尻すぼみに消えていく言葉に、マユリと呼ばれた男は急に何かが萎えるのを感じた。





あぁ・・・この男はこれ程までにつまらない男だっただろうか・・・?





「・・・つまりは、自分の身をもって、この私に謝罪をするとでも言うつもりか。


 いつの間にそれほどつまらん男に育った?浦原。
 
 君は・・・どうやら私の事を忘れてしまったらしい」




「!!そんな、」




彼女は抑揚の無い声で語る。




「なら、何故謝る?

 答えろ浦原。

 私は以前お前がここに私を入れたとき、何と言った?


 くだらん約束よりも、そちらを覚えていて欲しかったのだがね」



「!!姉、さん・・・」




ハァ、と。

漏れる溜息を惜しげなく連発するが、ソレに気付く者は、ここにはいない。



仕方が無く、彼らのやり取りを眺めることにした。






「全く・・・やっと来たかと思えばお前は・・・。

 お前の背負う十二の文字が掠れて見えるぞ。

 私の前で頭を垂れるな。跪くな。

 
 鬱陶しいことこの上ない・・・」






容赦なく突き刺さる言葉の刃に身を竦ませながらも、そろりと立ち上がった浦原はしかと彼女を見つめる。






「お帰りなさい、姉さん」


「・・・それでいい。

 ただいま、喜助」





フ、と女の唇が弧を描き、硬く組まれて居た座禅の姿勢が解かれた。




そろりと寝台から立ち上がった彼女の腕が伸び、わしゃわしゃと浦原の髪が乱暴に撫ぜられる。



浦原は浦原で嬉しそうに頬を緩ませているし・・・さっぱり訳が分からない。


少なくとも興味の対象に相応しい人物であると、一連の出来事を見守っていたマユリの脳が認識した。




「夜一は居らんようだな」




そういった彼女の目がマユリの姿を認め、スゥと細められた。





「ほぉ・・・君が涅マユリ・・・といったところか?」




「・・・」




「あ、そぉっス。

 マユリさん、こちらボク等の姉さんで、坂井ルナさん。

 流石姉さん、耳が早いっスね」




「・・・」




「看守達が噂していたのでな。

 そうかそうか・・・君が涅マユリか・・・」





じっとりと絡みつく視線に嫌気が差したが、彼は何も言おうとしない。





「フン。異常はないようだ無い様だな。

 気の狂った糞共にどんな目に合わされたか興味を抱いていたのだが・・・完全にモルモットだった、というわけではないらしい。

 私の事は好きなように呼ぶと良い。

 名など有ってないようなもの。そこに執着はない」





『モルモット』という言葉に反応した彼の瞳が剣呑な光を宿し、明らかな殺気が彼女に向けられる。



そんな彼を静めようと浦原があたふたする中、彼女は更に言葉を重ねた。




「その化粧は趣味かファッションか・・・実に面白い。


 明らかな殺気を向けてくるところも若い証拠だな」






態とだろうか?




どんどんとマユリの怒りを煽る彼女に、彼の額には静脈が浮かび、視線に至ってはそれだけで人を数人殺せる程に鋭い。

握っている拳は怒りの為か細かく震えている程だ。



しかし、フッとマユリを観察する視線が緩み、彼女は静かな声で言った。





「だが・・・綺麗な目をしている。

 まだ此処を出て数日だろうに・・・また此処に来させるような真似をしてすまなかったな。

 こんな青臭い餓鬼に従ってくれていることを、深く感謝する」





「・・・」



浦原の面目が丸潰れの様な気がしないでもないが、彼の怒りは治まった。




「・・・姉さん、ボクももう十二番隊隊長なんスけど・・・。

 てか姉さん、まだ不器用は直らないんスか?

 素直に心配していたって言えばいいのに」




「黙れ青二才が。

 それに私は素直に言ったつもりだがね」






『心配』


そう言った浦原に、マユリは首を傾げた。


坂井ルナのことなら風の噂で知っているが、彼女に面識はない。

心配される要素が何処にもないというもの。





「マユリさん、姉さんはあn「ドスッ」グ・・・!?」



油断していただけに彼女の蹴りのダメージは強く、その場に蹲る浦原。




「黙らんかド阿呆。

 その喉、潰されたいか」




「・・・すいませーん」




「・・・?」






浦原は一体何を言おうとしたのか・・・






マユリの探るような視線に気付いた彼女は酷く面倒くさそうに舌打ちをした。


それを見てクスリと笑った浦原が、再度言葉を紡ぐ。




「姉さんは、此処に閉じ込められた貴方が滅茶苦茶にされていないか、心配してたんスよ」





そうは言われても、やはり理解には程遠い。


何故この女が自分を心配する・・・?




「分からんで良い。

 ・・・君、少しは話したらどうかね。

 此処に来て一度も声を口を利いていないじゃないか」



「話すことなど無いヨ」



短く放たれた言葉に、彼女は満足げに口角を上げた。












「なんだ、なかなかいい声をしているではないか」




「!」
 








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