科学者の持論
□第玖話
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「ふんふんふ〜ん♪ふふふのふ〜ん♪」
雲一つない晴天。
白いシャツに紺のジーンズ、帽子にヘッドホンという恰好で歩く眼鏡の女がそこにはいた。
ご機嫌なのか、鼻歌を歌っている。
〔おい〕
「ふ〜ん♪ふんふんふ〜ん♪」
〔聞いとるのか〕
「ふふんふんふ〜〜ん♪」
〔・・・・・・〕
バシッ
黒蝣がその羽で強く優希の頬を叩くと、彼女は急いでヘッドホンを外した。
「痛い!!いきなりなんなん!?」
〔いきなりじゃない。何度も声を掛けた〕
「うっそだぁ」
〔・・・〕
「・・・スイマセンデシタ」
虫と人間。
しかし立場は一目瞭然である。
「で、なんですか?」
〔どこに行く気だ?〕
「え、ウチ、どこ行くか一回一回言わなあかんの?」
〔・・・〕
無言になった黒蝣に満足し、優希は再びヘッドホンをつけた。
「〜〜♪」
ガラガラガラ
「おじゃましまぁーす」
〔(ここは・・・)〕
「いらっしゃいませ♪月酒サン♪」
「げっ、なんでお前がおんねん、エロオヤジ!!」
「酷いなぁ」
アハハと笑うのはつい先日接触した、浦原喜助。
そう、ここは[浦原商店]である。
「ここ、アタシの店っスよ?」
「知らんがな!殆ど店長出てけぇへんて聞いとったんや!!」
「ハハハ、月酒さんは特別ですから♪」
「やめぇ、気色悪い」
「・・・で、今日はどうしたんスか?」
鋭い目で睨んでくる浦原に、手をぴらぴらと振りながら、優希は面倒臭そうに口を開く。
「・・・ここ、菓子安い聞いたさかいな。買いにきたんや」
「・・・・・・・・・へ?」
「なっ、なんやねん!ウチが菓子買いに来たらアカンのか!表出ろやボケ!!」
「や、別に、悪いとは一言も言ってないっスよぉ」
「顔が言うとるんや、そのにっくたらしい顔が!!」
そう、この優希。
重度の甘党である。
たまたま高校で女の子達が話していたのを耳にし、彼女はここに足を運んだのだった。
正直、名前からして浦原が店長だろうということは分かっていたのだが、この月酒優希。そんなことで菓子を諦めるほど柔な甘党ではない。
だが、どこか呆れたような顔の浦原に少し、羞恥を覚えた。・・・要するに、恥ずかしいのである。
「ふーーーっ!」
「アハハ」
毛を逆立てる優希を笑いながら、浦原がゆっくりと近付いてくる。
優希は踵を返し菓子が並んだ棚に移動した。
「・・・なんで逃げるんスか?」
「アンタ、性的に受け付けへんなんかを持っとるからな。避難や、避難〜」
籠を手にポイポイと商品を放り込んでいく優希。
浦原は溜息を吐き・・・・・・
ガチャン♪
店の鍵を、閉めた。
「・・・何鍵閉めとんねん」
「ハハ、月酒サンとお話がしたいんっスよ♪」
「ウチはしたない。ホレ、勘定頼むわ」
「そうっスか?残念っスねぇ・・・折角まけて差し上げようと思ったのに」
「・・・アンタ、結構汚いやっちゃな」
「そうっスかねぇ?」
「そうや」
溜息を吐くと、優希は財布を取り出した。
「アンタがどんだけまけてくれるかで考えたるわ」
「じゃ、全部タダでいいっスよ♪」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・破綻するで」
「結構儲かってるんで♪」
「・・・ハァ。しゃーないな」
〔優希!〕
「黒蝣さん、ごめん。これは譲れへんわ」
〔この馬鹿者おおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!〕
軽く5000円分は買い込んだ優希にとって、タダというのはまたとない条件なのだ。
・・・ニタリと笑う浦原に気が付かなかったのは、幸か不幸か・・・・・・・・・・。
タダ程怖いものはないという言葉は、彼女の頭にはなかった。
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