科学者の持論

□第拾壱話
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夕刻。




学校帰りに、優希は[浦原商店]に来ていた。



目的は大量の菓子である。










「うっひょわああぁぁぁ!どえらい可愛え猫さんやねぇ!」








しかし、当初の目的を忘れ、優希は浦原の傍にいた猫を奪い去り、撫で繰り回している。







「ニ、ニャアァ・・・」




「ゆ、優希サン、そろそろ離してあげたらどうっスか・・・?」



「やぁーだね。こない可愛らしい猫おるん隠すやなんて、殺生なことしはるわ〜」








その顔をデレデレに緩ませながら猫を撫でる様は、相当の猫好きである。







「いや、もうそろそろ本当に離して欲しいっス・・・」



「何で?

 
 この肉球独り占めする気か?


 それとも・・・この猫さんに化けてる死神さんがブッチ切れるんを恐れてのことか・・・どっちやな?」



「・・・本当に物知りっスねぇ、優希サンは」



「へぇ〜、やっぱこの子は死神やったんか」


「え・・・、まさか、カマ掛けたんスか!?」







シャッ!






優希の膝に乗っていた猫がそこから抜け出し、浦原の顔を爪とぎにした。







「痛いッ!!


 ちょ、ダメですって、うわわ、やめ、ちょ、痛だだだだだ!!」




「ほれほれ、そないな奴ほっといてこっちおいで」



「ニャ〜」



「ちょっ!?」







最後に一掻きとばかりに浦原の顔に傷を増やし、猫は優希の膝に飛び乗った。






「さぁて・・・猫さんは、四楓院夜一で合うてる?」


「・・・お主、何者じゃ?」


「おぉ、猫のまんまで人語を話せんねなぁ!」


「・・・」


「ふふ、ウチは月酒優希いうて、坂井ルナの妹や。

 いやぁ、こんな所であんさんに会える思わんかったわ」







ニコニコと黒猫を撫でながら彼女は告げる。






「『私の可愛い夜一は元気にしているかね?


  お前にも言いたいことは多々あるのだが・・・まず、皆を安全に逃がしてくれたことに礼を言おう。


  一つ言えるとしたら、私は生きている。

  だが、もう二度と昔のようには戻れんだろう。


  ・・・もし何か困ったことがあれば、私の“家”へ行け。なんなりと揃っているだろう。


  今まで楽しかった。ありがとう』


 仲良かったんやねぇ」



「・・・妹がいるなど、聞いたことがない」


「せやねぇ、皆そう言いはるんやけどもねぇ、ウチかて諦められへんよって、こないにめんどいことして姉さん探しとるんや」


「・・・いろいろと事情があるようじゃの」


「せやねぇ・・・」










それでも、笑顔を崩すことなく彼女は楽しげに言う。







「でも、いつかはウチの求める“真実”に会えるやろうから、それでええんよ」






滑らかな毛並みを一撫でして夜一を膝から降ろすと、彼女は立ち上がった。






「まだせんなアカンこといっぱいやさかい、行くわ」


「・・・お気をつけて」


「ほなね、猫さん♪」






シュン・・・ッ






「っ!!速いな・・・」


「そうなんスよねぇ・・・。そんじょそこらにはない“脚”だ」




































「何者だ」


「いやぁ、流石は現役の死神さんやねぇ」







黒い袴姿の男に声を掛けられ、彼女は電柱の陰から姿を現した。


黒髪の男にヘラリと笑いかけ、ヘッドホンを耳から外す。








「どーも。ウチは月酒優希。


 多分、現世で最も速い“脚”を持つ人間で、坂井ルナの妹や。

 
 黒崎一護君の同級生ってとこかな」




「坂井ルナの妹・・・だと?」



「なんや、アンタも知っとるクチかいな・・・」







殆ど同じような反応しかしない死神たちに呆れて溜息を吐くが、彼女は二の句を次がせることなくルナの伝言を告げる。







「『元気にしているかね?白哉。

  私はぴんぴんしている。


  さて、お前は私をなんと呼ぶのかな?


  姉様と親しみを持って呼んでくれるのか、裏切り者と蔑んで来るのか・・・いやはや、少し聞いてみたい気もするな。


  実のところ、私が今一番心配しているのはお前なのだよ、白哉。


  掟に縛られて生きるなどということはしていまいな?


  恐らく今はお前が頭首なのだろう?ならば、お前が朽木家の掟であることを忘れるでないぞ。


  ・・・さらばだ』



 以上、坂井ルナからのメッセージ。


 質問も何も受けつけてへんさかい分からへんことは自分で如何にかしぃや」








それだけ言うと、彼女は白哉の直ぐ近くの塀に凭れ、一護の方に顔を向けた。





「・・・助けないのか」



「助ける?ウチが?んな阿呆な。

 ウチは『黒崎一護の同級生』言うたんや。『黒崎一護の仲間』やとは言うてへんやろ」




「ならば去れ。人間に用はない」



「いやや。なんでウチがアンタに行動の制限をされんなアカンのかさっぱり分からへん。

 ウチは自分の意思でここに居るし、アンタ等は命令に従うてここに居るんやろ?


 ・・・何様や知らんけど、あんま調子、乗りなーや?


 ウチかてアンタ等とやり合えへんワケやないんや」




「・・・成る程、ならば好きにするがいい。

 どちらにせよ、人間に用はない」







淡々と言う彼を見つめ、優希は哂った。






「アンタは、姉さんを『姉様』とは呼ばんやろねぇ。


 掟に縛られて生きるどころか、ソコが自分にとって苦しいトコやて自覚もなしに盲従しとる。


 姉さんも何思たかは知らんけど、こりゃとんだ薄鈍さんやわ」





「・・・」






彼女の嘲笑にも特に反応せず、彼は一護ともう一人の死神が戦っているのを無感情に見つめていた。






シュン・・・!








「・・・ふぅん、その程度か」







自分の隣から、“普通”の人間には見えないような速度で移動した彼に、彼女は興味も無さそうに呟いた。




体から血を流す一護を見ても、ただ冷淡に。暗い影に身を潜めて、彼等を見ていた。




たとえルキアが死神達に連れられて現世を去っても、それは変わらなかった。





「・・・さてと」




細い細い雨の中、彼女は少しはなれた所に倒れている雨竜に近付き、身を屈めた。




「いやぁ、やっぱこういうモンは持ち歩くもんやねぇ」



腰に取り付けていた小さめのウエストポーチから包帯やら消毒液やらを取り出し、雨竜の服を胸元辺りまで捲くった。



「・・・まぁ、雨はしゃーない。うん、消毒は意味のあることや。やっとかんことに越さへんよね」



ブツブツと独り言を言いながら、彼女は手際よく治療を施していく。



止血して消毒して、傷にガーゼを当てて包帯を巻く程度の簡単なものだったが、雨竜の顔色は幾分かマシになっていた。







「おや、優希サンじゃないっスかぁ」






傘を手に現れた浦原に、優希は肩を竦めて見せる。





「“お仕事”があったからね」





そのまま、今度は一護の方に近付き、雨竜にしたのと同じように治療した。




「手際、いいっスねぇ」


「そう?そら有難うさん」



応急処置やけどね、と笑い、彼女は彼の襟元を直してやる。




「・・・え、月酒さん?」



「ん、石田君。無事みたいやねぇ」




血と雨に濡れたジーンズを鬱陶しげに睨んでから、彼女は振り返って雨竜の方を見た。


少しふらついているようにも見えるが、ちゃんとその足で立っているのを見て、満足げに頷く。





「何故、君が・・・?前にも、居たよね?」


「せやねぇ、いたねぇ」


「・・・答えてくれないか」




どこか疑うような目で見てくる雨竜に失笑する優希。




「そう警戒しなさんな。

 ウチはアンタの敵やない。・・・味方でもないけど。


 ウチがあのでっかい虚蹴りに行ったのも、ただたんに八つ当たりしに行っただけやしね」



「や、八つ当たり・・・?」


「せや。んでもって今日は、そこにおる人の店から帰ろ思たら君らが血ぃダラダラ流して倒れとったさかいに寄り道しただけや」





やっと自分の体に巻かれた包帯に気付いたのか、彼はきまずそうに礼を言った。





「・・・朽木さんを見なかった?」


「・・・見たよ?」


「・・・そう」





何故止めなかったのか。



そう聞きたいだろうになにも言って来ない雨竜に、優希は口角を上げる。



自分の落ち度を認めようとせず他人に責任を押し付けるような人間は嫌いだが、ちゃんと自分の無力を認め、それでもなお何も言わない彼に少し好感が持てた。




故に、彼が一護を頼むと言って去るのを止めることもしなかった。





「・・・さて、次はこっちやねぇ」





そう言うと、彼女は軽々一護を担いだ。





「・・・えっと、どちらに?」





彼女の意外な一面を見て、浦原は苦笑する。


男一人を軽々と担ぎ上げる女など、早々いるものではない。





「なんや、アンタ案外とケチなやっちゃなあ?

 そんなもん決まっとるやろ?

 まさかアンタ、雨と血に濡れた女の子を外にほっぽり出したり、応急処置はしたとはいえ怪我しとる坊主ほっぽり出すような酷い男やなんてことないわな?」



「・・・アタシの店にでもどうぞ。あと、ハイこれ」






彼女に傘を押し付けると、浦原は自分で一護を担いだ。





「・・・ン?アタシは優希サンが濡れないように渡したつもりなんスけどねぇ」





頭上に掲げられた傘を見ていうと、彼女はニヤリと口角を上げた。






「ウチより貧弱そうな男濡らして帰すワケには行かんなぁ。

 それに、アンタのそういうとこは嫌いやないし、ウチは寧ろ血ぃ流したいさかい、このまんまでええんや」



「そうですか」






笑う彼女をこれ以上冷やす訳にも行かず、浦原は優希を空いてる方の手で引き寄せた。





「ちゃんと掴まってて下さいね?」


「あ、うん」


「いい返事っス」









シュン・・・!!








高速で移動する浦原の腕の中を堪能するまもなく、彼らは[浦原商店]についた。





「なんならお姫様抱っことか、しちゃいます?」


「・・・キモい」


「ぐっ」





いつもの嫌味ったらしい言葉で責められるより、真顔で一言心の底から発せられる言葉の方が重く痛いのだと気付いた浦原であった。






































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