執事

□小説(ご主人様×御園)
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【眼差しの先】


視線を感じる。
玄関、廊下、庭、風呂場、寝室……どこにても、何者かの視線が、絡み付いて離れない。
立場上見られることに慣れている万里だが、どこか欲望を孕むその視線を鬱陶しく感じていた。




その夜は、書斎で椅子に凭れて本を読んでいた。
自分以外誰もいないはずなのに、誰かに見られている。

(またか……)

いい加減うんざりしていた万里は、気付かれぬよう、本から視線を外さず、部屋の中を素早く見回す。

(あそこか)

扉が少しばかり開いている。視線の主はどうやらそこにいるようだ。

「入ってきたらどうだ?」

万里が声をかけると、息を飲む音が微かに部屋の空気を震わせた。
しかし、扉の前にいる何者かは、動く気配がない。
その様子に、万里は一瞬覚めたような表情を浮かべたが、すぐに一転して蠱惑的な笑みを張りけ付た。
本を豪奢な机の上に置くと、何者かに語りかける。

「聞こえなかったか、俺は入ってこいと言っているんだが」

その声はどこか甘く、抗いがたい音を含んでいた。

「っ……!」

何者かは動揺を示し、扉をゆっくりと押し開ける。

(やはりな)

薄々気がついてはいたのだ。こんなことをする者がいるとすれば、一人しかいない。
万里にしか関心を向けず、万里以外には表情すら動かさない。従順ではあるが、理解し難い存在……。

「そんなところで、何をしていた?」

現れたのは、御園しいなだ。

「ずっと……見ていました、ご主人様」

御園は、万里の瞳を見つめた。頬が上気し、どこか別の世界を見ているような眼差しをしている。

「見ていた?」

怪訝に思い尋ねれば、御園は微笑みを浮かべた。

「ご主人様を見ていいました……ずっと、ずっと。朝も昼も夜も、ご主人様を見れて、俺……幸せです」

幸福そうに微笑む御園は、冷たく鋭利な美貌が和らぎ、春の雪解けのような華やかさがある。
だが、万里は御園になぜこうも気に入られているのかが理解できず、うすら寒いものを感じた。

(まあいい)

利用できるものは利用するそれが三宮の流儀。御園は後継者候補であり、万里には従順だ。ならば教育を施せば良い話。
万里はゆったりと口角を上げ、立ち上がる。
扉の前に立つ御園に接近すると、唇が触れ合うほど近づき、耳もとで囁いた。

「見ているだけでいいのか?」

万里は御園の瞳を捕らえ、そっとその丸みのない頬を撫でた。

「……っ!」

御園はぞくりと体を震わせ、微かに喘ぐ。

「本当は触れたいんだろう?……こんなふうに」

万里は更に体を密着させ、御園の唇や首筋に息を吹き掛けた。

「っ………ごしゅじ、さま」
御園は瞳を潤ませねだるような声をあげる。
けれど万里は、その肌に触れることなく、御園から離れた。

「ほしいのなら、俺をその気にさせてみろ」

「ご主人様、を」

荒い息遣いが部屋の温度を上げていく。

「どうしたらいいか、わかるな?」

そう言って、頭を撫でると、御園はうっとりとした表情を浮かべた。

「はい……。ご主人様、見ていてくだい。俺を……俺だけを……」

御園は自ら服の留め具に手をかけ、卑猥なダンスを踊り始めた。
万里は満足げな笑みを浮かべる。

(夜はまだ始まったばかりだ)



end
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