君の名前にアンダーライン

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「はーい、到着!」

「…え?」

「え?」


尾浜先輩が元気よく右手でそこを指しながら到着を知らせる。
鉢屋先輩と竹谷先輩の拘束がとかれ、なぜか次は仙蔵が私の隣に滑り込んできた。

その建物を前に唖然とし驚きの声をあげる私に尾浜先輩は同じように返した。
2人の間にはよくわからない沈黙が流れる。
それを突き破ったのは仙蔵だった。

「美覇、お前甘味は嫌いだったか?」

「いや、そんなことはないよ。でも、あの、ここって結構いいお値段いたしますわよ、仙蔵さん」


そう、私が連れてこられたのはここらで大変有名なカフェである。
なんでも一流のフレンチシェフとパティシエが経営しているのだそうな。
普段そう外出しない私だが喜八郎に誘われるとどうにも断れない性分で、彼自身が甘い物を好きかはわからないがよくこういう店に連れて行ってもらっていた。
だけどこの店は値段が高いという理由で2人で相談した結果断念したところだったのだ。

私と仙蔵の会話を聞いて、鉢屋先輩と竹谷先輩は苦笑した。
けれども、

「大丈夫、大丈夫!お金の心配はしなくていいから!」

「思う存分食べるといい」

「落ち込んでるときはぱあっとね!」


尾浜先輩は満面の笑みでそう返し、久々知先輩も今までの無表情はどこへやら、あの綺麗な顔で微笑んでいた。

「おほー、金持ちはやっぱり言うことが違うな」

「あいつらの金銭感覚は正直ぶっ飛んでいるけどな」


庶民組の竹谷先輩と鉢屋先輩に私も同意するほかない。
ここで思う存分、なんて相当な経済力がなければ言える台詞じゃない。
隣で密かに勘定を始める(実は)庶民組の仙蔵の脇腹を肘でつつく。
学園ではこんなこと絶対しないのにこの人。

「やめてよ、きり丸じゃあるまいし」

「いや、やつらの財布事情をおおよそ知っておくのもいいだろうと思ってな」

「…そうですか」


そんな感じで仙蔵共々ごちそうになった。
伝票をちらっと見たのだけど普通の学生の財布に入っている金額は優に越えていた。
おそろしや、学生の胃袋。

本当にぱあっと食べてしまったことを反省しつつ隣でもう食べられないと青い顔をしている仙蔵のケーキを口に運ぶ。

「気晴らしにはなったかな?」

そんな私の隣の席に尾浜先輩が座る。
私は頷いた。
尾浜先輩がはじけるような笑顔を浮かべる。

「すごく美味しかったです。仙蔵まで、すみません」

「いいよ。立花先輩いつも美覇ちゃんのお世話しているんだろうし」


…そんなことはないと思う。
でもまあ何かと助けてくれているのは事実だ。
絶対礼なんて言わないけど。

「じゃあそろそろ帰ろうか」


尾浜先輩の一言に竹谷先輩以外一同が首を縦に振った。
いやはや本当に男子高校生の胃袋は底無しか。
そんな竹谷先輩は鉢屋先輩に連れられ店を出た。
私は青い顔をした仙蔵を連れて外に出る。

「今日はありがとうございました」

「いや、楽しんでくれたのなら何より。勘右衛門たちも嬉しそうだし俺はそれで満足だよ」

「俺も美覇ちゃんが元気になったならそれでいい!」

「良かったな金持ち2人に気に入られて」

「行きより元気になったみたいだな!良かった良かった!」


私と直接関わりのなかった先輩まで私をこんなに心配してくれてなんて優しい人たちなんだろう。
鉢屋先輩だって照れ隠しに違いない。
不破先輩のことは忘れられていないし小平太先輩とは仲直りしていないけどいい気晴らしになった。
それに尾浜先輩とのことのわだかまりはなくなった。
今日はそれだけでも十分だ。



「ごちそうさまでした」


尾浜先輩が別れ際、『七松先輩とあの後なんかあった?俺のせいだよね、ごめん』と謝られた。
私は先輩のせいではなく私が弱かったせいだとだけ伝えた。
先輩はそれ以上聞かずそっかなら良かったと笑ってくれた。


さあ、帰ったらまずは小平太先輩と真っ向から向き合う準備を整えなければ。



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