みじかいの

□照らされない事実
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カリカリカリカリ


彼女の羽ペンは一瞬の迷いも見せずに羊皮紙にレポートを書いていく。
もちろん下書きが別に用意されていてそれを見ながらうつしているから当たり前なのだが。
彼女の字は繊細で筆記体はなく読みやすそうだったがその代わり少々の文法ミスが目立つ。

図書室の一角でそんなレポートを書く彼女に隣で間違いを正すわけでもなく眠そうに見守る俺。


「眠いなら帰って」


手が急に止まったのを不審に思っていたら彼女がこちらを見てそう言った。
1つ年下の彼女は母国語じゃない英語が5年生になった今でも正直下手である。
お願いだからmayくらい普段から使えるようになってくれ。
どっかの俺によく似た誰かは喧嘩を売られたと思って彼女を殴り飛ばしたこともある。
もちろん彼女に悪気はなく彼女自身は訳が分からずぽかんとしていたのだが。

俺は彼女の肩に手を置きこう忠告した。

「帰ってもいいよくらいにしとかないとまた殴り飛ばされたりするぞ」

彼女の顔が強ばるのがわかった。
やっぱり苦い思い出なんだろう。

「…ジョージ、貴方のことが心配なの、貴方きっと疲れているから。だから…帰ってもいいよ」

「よく出来ました。まあ俺は帰らないけどね」

頭をくしゃくしゃ撫でてやるとむすっとされたが耳が真っ赤だったところを見るに照れ隠しのようだ。
可愛いもんだな。
フレッドが殴り飛ばしたときは俺も感じの悪い奴だと思ったけど本当は素直ないい子だ。


「さあ、早くレポートを終わらせよう。勉強したいんだろ?」

「うん、頑張る」


また羊皮紙に向かう彼女は今度はぶつぶつ呟き始めた。
たぶん母国語だと思う。
英語にはない発音は平たく、彼女曰わく発声方法がこちらとは違うんだそうだ。

そんなことをぼんやり考えていたら彼女はすでに羽ペンを片づけ始めていた。
俺は特に荷物もないため彼女が立ち上がるのを待つ。


「いつもレポートまで見てもらってしまってごめんなさい、えーっとそれじゃあ空いてる教室に行きましょう」

「いつも思っていたけど談話室じゃ駄目なのかい」

「…駄目じゃないけど、恥ずかしい。フレッドにバレるのは嫌」


そうか、うん、乙女の恋心とやらは俺にはよくわからない。
あの一件の後、フレッドはやたらと彼女にかまっていた。
殴ってしまった罪悪感もあっただろうし、小柄で幼い彼女がほかっておけなかったんだろう。
だけど彼女はこの通り返答もろくに返せない。
ついにフレッドが彼女に英語を教えようかと提案したら彼女は首を横に振ったらしい。
相棒がその日1日へこみ倒していたのは俺たちだけの秘密だ。
その翌日彼女は俺に近づいてきてこう言った。


「…英語を教えてくれませんか。同学年の人たちにはこれ以上迷惑をかけたくなくて、それで他に話せるのはジョージだけだから」

「フレッドに教えてもらえばいいんじゃないか」

「フレッドは駄目。緊張しちゃうの」


俺とあいつの顔は同じだってのに俺だと緊張しないんだそうだ。
恋とやらは不思議でしかない。
あの時ばかりは理解が出来なかった。


「わたしは、とくに…これなんて読むの?」

「辞書」

「…アクシオ、辞書」


空き教室の片隅で彼女はマグルの店で買ったらしい英語の教本を音読している。
最近は前よりフレッドと会話が出来るようになってきたらしい。
おめでたいことだ。


「フレッドが私に言ってくれたの、その髪型とっても可愛いねって」

「だから私最近よくこの髪型にしてるの、どう?」

「…とても可愛いよ」

「お世辞でも嬉しいわ」


俺は相棒と違って女の子の扱いにはあそこまで慣れてない。
我が相棒とは言え何故そんな歯の浮くような台詞が言えるのか理解しがたかったりする。

そしてそこまで積極的なのにくっつかないこともかなり疑問である。
フレッド、お前何にびびってるんだよ。


「今日はフレッドがね」



まただ。
口を開けばフレッド、フレッド。
相棒は口を開けばこの子のことばかり。

この板挟みはつらいぜ、まったく。


「それでね」

「フレッドのことは良いから、英語の勉強しなさい」

「はーい、ジョージ先生」


きゅっと口角をあげて彼女が笑う。
なんだろうな、これを見るといつも胸がざわつく。
さすがにこれがなんだかわからない歳じゃない。
でもこの子は相棒と両片思い中なんだ、俺の想いなんか通じっこない。
そこまでわかっているのに諦められない自分の未熟さにため息がでちまう。


「やっぱり疲れているのね。もう帰っても大丈夫よ?あとは自分1人でも」

「いや、付き合うよ。でも少し寝ても良いかい?寝不足なんだ」

「えぇ。聞きたいことが出来たら起こすわ。おやすみなさい」


顔をふせて寝たふりをする。
羽ペンが忙しなく動く音はやむことを知らない。
真面目にも程がある。
寝てる俺に愛の言葉の1つや2つくれたっていいんだぜ。
…冗談だよ、冗談。

あぁ、いっそ2人がくっついてしまえばなあ。
こんな窮屈な想いをしなくていいのに。


「…あ、」


そんな彼女の声と共に羽ペンの音が止まる。
なんだ?


「愛してるわ、ジョージ」


なんだって?
俺の冗談が現実になるとは…。
悪いなフレッド。
俺がお前の分まで彼女を、

「ですって!きっとこの子は相当なジョージのファンね」


紙をめくる音と彼女がくすくす笑う声。
…教科書の例文か。
こいつはどうも俺をおちょくるのがうまい。


私は貴方を愛してるなんてそうそう言わないだろうに教科書とやらは簡単にそんな文をのせる。
俺の期待を返してくれ。

「ジョージ、起きて…って貴方顔真っ赤だわ!大丈夫?」

「…ご心配なく。」


end.
Title by hasy

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