みじかいの

□馴れ合い厳禁
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先輩は及川さんのことが好きだと言った。
どこかで先輩の好きはそこらへんに腐るほどいる(は言い過ぎか)及川さんのファンのとは何か違う気がしていた。

周りは同じに思っていたかもしれないが少なくとも俺はそう感じていた。


「及川くん」


マネージャーである先輩は今日も大切に及川さんの名前を呼ぶ。
俺には他の人より丁寧に呼んでいるように聞こえたしそんなふうに特別扱いされる及川さんが心底羨ましかった。


「及川くんのことは好き。だけど付き合いたいとかそういうんじゃないの」

いつだって誰にだって先輩はそう言った。
初なその言葉が好きだった。
最後まで見てるだけで終わるのも悪くないよ、きっと。
先輩は切なそうに笑いながら俺に言う。
俺はそうですねと返した。


「今日は上機嫌ですね」

「うん。さっきね、及川くんに誉められたの!」


先輩が部活中上機嫌だったらそれは大抵及川さんに誉められたからだ。
だけどその内容は本当に些細なことだったりしてよくそんなことでここまで舞い上がれるなといつも思った。
初すぎるのも考え物かもしれない。

そんなふうに考えるときもあったが先輩の笑顔を見ると不思議とどうでもよくなった。


「及川くん、また彼女出来たんだって。なんかもう呆れちゃうよねここまでくると」


帰り道、とぼとぼ歩きながら先輩が呟く。
俺より2、3歩前を歩く先輩を街灯が照らす。
その背中がより小さく見えた。

「もう及川くんが好きじゃないかもしれない」


数日後先輩はそう俺に言った。
そして眉をはの字にして笑った。
俺も同じように眉を寄せた。

「…どうしてですか」

「そうだなぁ、どうしてだろう。わかんないや」

「私他人をこうやって好きになったの初めてだし、それが冷めたのも初めてで…うまく説明できない」

先輩はその日から及川さんの名前を大切に呼ばなくなった。
俺は自分から先輩に話しかけなくなった。


「ねぇ、」

「なに?及川くん」


代わりに及川さんが先輩によく話しかけるようになった。
あの人も大概天の邪鬼だ。
構われなくなったら構いにいく。

逆に先輩は何も変わらなかった。
及川さんの名前を大切に呼ぶことはなかったし嬉しそうにすることもなかった。


「何笑ってんだ、国見」

「いや、なんでもないよ金田一」

部活の帰りに及川さんが先輩に話しかけている。
一緒に帰ろうとか言ってるのかな。
いつもと違うことに戸惑う及川さん。
いつもなら皆目を輝かせて自分についてきてくれるのに。
そう言いたげだ。
あぁ、面白い。


「先輩、少しいいですか」

「国見くん!」

「及川さん、先輩借りていきます」

「…ほんっと国見ちゃんいい性格してるよね」

「ありがとうございます」


先輩の腕をつかんで及川さんから離す。
及川さんは手をひらひら振りながら離れていった。
先輩は律儀に及川さんに謝っていた。


「国見くん、ありがとう」

先輩が俺の名前を大切に呼んでくれる。
少しくすぐったい。

「先輩、ちゃんと嫌なら断らないとだめですよ」

「…そうだね」


そこで俺がいつでも助けますからいいですけどね、なんてよくある言葉を言ってはやらない。
こういうのは及川さんにお似合いだ。

俺には似合わない。


「しっかりしてくださいよ」

それが真っ直ぐで初すぎる先輩と、こんな俺にぴったりだと思った。

「でもきっと国見くんまた助けてくれるでしょう」


俺は薄く笑った。
はいともいいえとも言わなかった。
そして心の中で先輩にひどく落胆した。

俺はまた先輩に話しかけることをやめた。


先輩は今も俺の名前を大事に呼んでくれる。
最近は松川さんのことも丁寧に大切に呼ぶ。
そんな松川さんは鋭い人だから俺にこう言った。

「あいつにあんまり冷たくしてやるなよ」


先輩を支えてくれるのが松川さんで良かった。
俺は素直に嬉しかった。


なぜこういう形でしかあの人を好きになれなかったのかと自問する。
答えはいまだに出ていない。


あの人は今も松川さんの隣で笑っている。
それで良いと思うあたり結果には満足しているらしかった。


「国見くん」


でもまたそうやって大切に名前を呼ばれると嬉しいながらに落胆してしまうのはなぜなんだろうか。

end
Title by Discolo

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