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□君が悲観した世界は今も
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善法寺伊作の妹、という役柄はとても生きやすかった。
くのたまの私は実技は少し人に劣るものの、座学ではいつも上位だった。


兄は持ち前の不運でなかなか成績が伸びない。
妹はどちらかと言えば幸運で成績もいいのに、お前は何故?
教師が言うのはいつもそれ。
確かにそういう面では生きやすかった。


でもどちらが幸せかなんて一目瞭然である。


彼の周りには必ず誰かがいる。
私にはいない。
兄はいつも私を羨ましがるけど、私はそれほど自分が羨まれる立場だとは思っていなかった。
私のなにが、いいの。


「お前もやっぱり僕の妹だね」

「?、どういうこと」


兄の部屋で課題を教えてもらっていたら兄がぼそっと呟いた。

「実技も座学もできて、忍者にはそれ以外いらないんだよ」

「例えば人情とか義理とかいうもの」


どきりとした。
兄は腐っても忍者なのだし、まして私達は兄妹だ。
私の考えをよめるのも不思議じゃない。

「なのにお前はそれを求めているように僕には見える」

「僕は本当に忍者には向いていないね。こんなことばかりわかってしまう」


6年間もやってきて、今更向いていないなんて気付くのが遅すぎる。
この人はわかっていないのだろうか、6年間やってこられた理由を。


「兄様は十分忍者だよ」

私は兄の前に自分で置いた湯のみを手に取る。

「このお茶を飲まないんだもの」

先程私が兄にだしたお茶。
その中には劇薬が仕込まれている。
においで気づかれてしまったかしら。
やっぱり伊達に保健委員を6年務めていないようだ。
あの立花先輩にさえばれなかったのになあ。


「え?あ、僕のど乾いてなかっただけで全然気がつかなかったよ」

「でも本当だね。下痢になるかなこれだと」


実は兄は幸運なんだと思う。



皆に誉められる私なんかよりも数倍、いやそれ以上に。
ただ俗世では兄が受け入れられないのが現実で何故だか悲しくなった。


この学園にいて6年生まで生き残ったのに忍者に向いていない訳ないじゃない。
忍たまも先生方も皆頭空っぽなのかしら。

どうやら世の中には兄と同じく不運な馬鹿が多いらしい。
忍たまというのも案外使えない。

「いやまいったな。妹にしてやられるなんて」

はははなんて笑う兄に私は無表情で湯飲みを投げつけた。
彼はそれを軽々とよける。

湯飲みが割れる音が部屋に響く。


「私はどうせ忍者にはなれない。あんたみたいにへらへらしたやつが忍者になるなんて本当にむかつく、苛々する、腹立たしい」

「忍術学園に通うくのたまが何人くの一を仕事にすると思う?」

「一学年に1人いれば多い方だと思うわ」

「この時代は男じゃなければ結局皆不運だ」

「女だからって家に縛り付けられるのは嫌よ…!」

先程の湯飲みで切って紅くなっている拳を床に叩きつける。
兄の肩がびくりとするのが視界の隅に見えた。


ユキちゃんやトモミちゃんたちはあんなに下の学年の忍たまと仲良くしているけど私には出来なかった。
忍たまは、男という存在は、私の敵だ。
皆私の考えをきくと笑う。
女が外に出るなんて、と。
私は女にまで侮辱されたあの日からあまり喋らなくなった。


この間来たカステーラさんが言っていた。
世界は平等なんだと、人は皆平等なんだと。


私はその言葉に感嘆した。
この人たちの信仰する神はなんて素晴らしいのだろうと袖を濡らした。
だが、少なくともこの小国内でそれは通じない。
男は外、女はうち。
成績が良くても悪くても女にはそれをいかす場がないのだ。


「お前は頭がいいから沢山のことにぶつかるんだね」

「僕は頭が悪いからそんなこと考えたこともなかった」

「お前が男で僕が女だったらどんなに良かっただろう」


兄の悲しそうな笑みが私の胸に刺さる。
ごめんなさい、貴方は悪くないのに。
袖のないくのたまの服、私は手のこうを濡らした。


「そんな強い力で拭ってはいけないよ。それに右手は怪我をしているんだから」


あれだけ侮蔑の言葉を投げつけたのにこんなにも優しい兄。
私に怒ったって誰も兄を責めたりしないだろう。
兄の温もりに包まれて私はごめんなさい、ごめんなさいと謝り続けた。


「お前が悲しむ浮世なんて無くなってしまえばいいのにね」


兄がそう言った。
その表情はどこかに狂気を潜ませた悲しい笑顔だった。

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Title by hasy
室町時代の女性事情にあまり詳しくないのであれなんですが本当のところは割と女性も先頭に立ってたりしていたようです。
少々違和感があるかと思います、ごめんなさい。



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