雲が花を見つけたら

□雲が花を見つけたら
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次の言葉が出ずにいる雲田に花次は、赤面した顔を背けるようにして小さい声で呟いた。



「…俺、そんなに分かりやすかった?」

「え、いや、ぜ、全然。これはちょっとした冗談つうか…。ま、まさか図星だとは…」



昨日まで軽い感じのノリで、自分をからかってきた男が、今顔を真っ赤にしながら俯いている様子に、雲田は言葉が詰まってしまう。

しばらくの沈黙が続いたあと、「はあ」と、深いため息つきながら、花次は雑草の上にしゃがみこんだ。



「ずっと」

「え?」



緑が揺れる音に、言葉がかき消されそうになるくらい小さな声だった。



「ずっと、見てるだけの三年間だった」

「…見てるだけ? す、好きなのに?」



その言葉に、花次は苦笑する。



「逆、逆。好きだからだよ。好きだから、何もできない」

「…」

「…現国の授業の時の、教科書を持つ手とか、陸上の指導する声とか…すれ違った時にする匂いとか。そんなので、満足しちゃってんだよね」

「今も?」

「え?」

「今も、その…好きなのかよ?」



雲田の問いに、花次は少し考えたあと、小さくうなずいた。



「うん、多分ね。…三年ぶりにあの人を見て、どう思うかなんて自分でも分からなかった。卒業してから会ってなかったし。けど、あの人をみた瞬間、思ったんだ」



花次は半ば呆れたように口を開いた。



「ああ、俺の気持ちは、あの頃から何も変わってないんだって。自分でもびっくりするくらいだ」



どうしようもない様子で頭を掻く花次に、雲田は問う。



「教師になろうと思ったのも、森センがそうだから?」

「うん、当時、少しでも近づきたくてね。まあ、教育実習で母校にくるとは思わなかったけどさ」



花次はおもむろに立ち上がり、「まあ、そんなところです」と、背伸びをした。

雑草を抜く手を休めていた雲田は、分が悪そうな顔で、口を開いた。



「なんつうか、ごめん」

「え? 何が?」

「俺、アンタが、そんな純情なヤツだと思ってなくて。…からかわれた腹いせに仕返ししてやろうとか思ってあんなこと…」

「いいってそんなこと」



花次は笑った。



「それに、草むしり君なら、話してもいいかなって思ったんだよね」

「え? 何で?」

「だって、友達の代わりに律儀に草むしりする子だよ? 俺の話しも、ちゃんと聞いてくれるんだろうなって思ってさ」

「べ、別に、律儀とかじゃねえけど…」



照れた雲田だが、「でも」と続けて、



「この話しは、誰にも言わねえから。ちょっとくらいなら、お、応援とかするし」

「くふふ、ありがとな。じゃあ、草むしり君が応援してくれるなら」

「?」

「告白とかしようかな、頑張って」

「…告白…」

「うん、そろそろ見てるだけの恋は卒業したいし、けじめもつけたいしね」



花次は、ふいに腕時計を覗くと、



「あ、聞いてくれてありがとな。じゃあ俺、鬼コーチの時間だから行くわ」

「あ、おう」

「草むしり君も、頑張ってね」

「雲田っす」

「はいはい」



そう言うと、花次は雑草に背を向けながら、陸上部の待つ校庭へと歩いて行った。

花次の去った緑の中、雲田の手には抜かれた雑草。

代わりに、胸には小さな何かが芽生えようとしていた。



「(応援するっつたけど、なんだ? このモヤモヤ…ま、いっか)」



雲田は首を傾げたが、すぐに草むしりを再開した。

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