A guilty

□手の温もり
1ページ/1ページ


 気付いたらサカキが居た。
物心ついた頃から、忙しい両親に代わっていつも隣に居てくれる。

父は、ヘルシンキで有名な総合病院を設立した曽祖父の跡を継ぎ、毎日忙しく出かけてゆく。
母はフィスカルスでただ一つの歯医者を営んでいるため、日中、家には殆ど居ない。
家には、現役を退いた祖父が一人、悠々自適に暮らしていて。

 静かな花の囁きも、雲が流れる音も、一人で聞いていれば寂しいかもしれない。
しかし傍にサカキが居るだけで、それはまるで、色を持ったように、鮮やかに心に響いてくるのだ。


「アラン様、いかがなされましたか」


 十五時。外でのティータイム。
今日はキャラメルのクッキーにアールグレイだ。
 俺がじっとサカキを見ていたからだろう、
サカキは優しい目を細めながら俺の顔を覗いている。


「いや、お前。十二まで日本に居たと言っていただろう」
「はい。その通りで」
「ここの執事になるまで…その間はどこにいた? まさか十二の頃からここで働いていたわけではないだろう」


そう問うと、サカキは少し考えたあと「どうでしょうか」とほほ笑んだ。
いつもそうだ。サカキの過去を訊こうとすると、うまい具合にはぐらかされる。


「歳を取ると昔の事を思い出すのが、難しくなる時があるものです」
「お前はまだ二十七だろう」


サカキが笑うのを見て、俺は細い溜息をつく。
アールグレイの湯気が、風に流れてゆく。



「アラン様」
「なんだ」

飲んでいたカップから口を放すと、サカキは微笑みながら言った。



「私は、アラン様が生まれてからずっとこうしてお仕えしております、晴れの日も、雨の日も、今日も」
「……」


サカキは続けた。


「そしてこの先も、ずっと。あなたのお傍に居ることを約束します」


その言葉に、「絶対?」と訊くとサカキはすぐに頷く。


「はい、絶対」


サカキがいつからここにいるのか分からない。
そんなサカキがいつか、ここを離れてしまうのではないか…
俺の知らない所に行ってしまうのではないかと不安になる時があるのだ。
サカキの過去を知らない俺は、こいつが行きそうな場所など検討もつかない。

俺が口をつぐんでいると、サカキは俺の手を取った。


「なに?」


そうしてそのまま甲に短く口付けをされる。


「おい、サカキっ……」


赤面した顔を見られまいと、俺は空いている方の手で顔を覆った。
恥ずかしくて目を背けた俺に、サカキは真っ直ぐな目で言うのだ。


「これで信じてくださいますか?」
「え?」
「心配なさらなくとも、私にはもう、ここ以外居場所はございません。ずっと…ずっとアラン様のお傍に居ます。」
「サカキ……」


サカキが俺の手を優しく包み込む。


「この手に誓います」


そうしてもう一度、手の甲にキスを落されると、なぜかとても安心した。
この手の温もりを、俺は失いたくなどない。
お前が居ない毎日など、考えられないのだから。


­

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ