A guilty

□秘密
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 執事としての私が、「榊」というただの日本人男性に戻るとき。
それは与えられた自室に足を踏み入れたときだ。
 仕事中、主や奥様が外出するとなれば車を運転し、また急な来客があれば代わりに対応する。
呼ばれればすぐに駆け付けられるよう、寝るとき以外は殆ど入ることはないだろうこの部屋は、
私に与えられるには大きすぎたのだ。

 時計の秒針が一定の間隔で空気を刻んでゆく。もう少しで明日になるのだろう。
部屋の電気を消して、今日一日あった事を思い出すのだ。
鮮やかに思い出される今日の記憶に、私は静かに笑みをこぼす。
コルホネン家と共に生活を始めてから、私は「生きる」という幸せを与えられ続けている。
そうしていつか。必ず恩返しをする、とそう決めていた。

そんな事を考えていると、瞬間、部屋のドアが遠慮がちにノックされた。こんな時間に来るのはきっと。


「サカキ……」
「アラン様」


薄いパジャマ姿の彼がドアの隙間から顔を覗かせている。


「どうなさいました?」


ベッドライトを点け、横にしていた体を起こす。


「別に、何も……ただ」
「ただ?」
「お前のそばに居たい…とか、そんな理由じゃダメなのか」


ダメなはずがない。
私だって、出来ることなら、君を私の中にしまい込んでしまいたいのだから。
俯く彼に、私は口を開いた。


「いいえ、どうぞこちらへ」



□□□


 薄いパジャマのせいだろう、布越しにアランの体温が伝わってくる。
私はアランと向き合い、ベッドに横になっていた。


「迷惑だったか?」
「え?」


何をいうのかと思ったら、突拍子もないその言葉に私は目を丸くした。


「迷惑かと聞いている」
「迷惑? なんのことでしょう」


聞き返すと彼は少し考えたあと、小さく呟いた。


「お前はいつも俺のワガママに付き合ってくれるだろう」
「…」
「そのワガママに。俺は、お前にどこまで甘えていいか、たまに分からなくなるときがある、今だってそうだ」


彼は私の胸にそっと顔を埋めた。


「夜中に突然理由もなく来ようが、お前は拒もうとはしない、俺は…迷惑じゃないのか」


その言葉が言い終わらないうちに、私は彼を抱きしめた。


「サ、サカキ」
「大切な人にそばに居たいと言われて、迷惑だと思う人がいると思いますか?」
「……」


細い腰に手を回し、彼の匂いを近くに感じていると自制が利かなくなってしまいそうだった。


「それに、アラン様と同じように、私も。いつだってあなたと一緒に居たいと思っております」


いいや、きっと。
君が想ってくれているより、私の方が。


 自分で抱きしめておきながら、私は理性が切れてしまうことを恐れ、ゆっくり彼から離れた。
彼は少し安心したのだろうか、眠い目を擦っている。


すると。


「サカキ…これは、どうした」


ふいに彼の視線は、私のパジャマの胸元へ。
彼の目に映るものが何なのか、すぐに分かった。
私は外れかけていたパジャマの第一ボタンを早急に締め直す。


「サカキ…火傷か、今の」


不安げに見つめてくる彼に私は笑みを見せた。


「いいえ」
「胸元の広範囲、ケロイドだろう、それ」
「ベッドライトの光が、なにかの影になったのでしょう、心配なさらなくとも、大丈夫ですよ」
「……」


そう言い、私は彼の額に唇を落した。
彼は、何か言いたげだったが、何も聞こうとはせず、
何度か目を擦ったあと静かに寝息をたてた。


私は胸に手を当てる。
治ったはずの傷がじくじくと疼いているような気がした。
 

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