A guilty

□キルシッカと桜
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熱のせいか、体が思うように動かず、先程から追いかけてはいるものの、アラン様の背中がどんどん遠くなってゆく。

「アラン様、お待ちください、アラン様……!」

走って息が上がり、めまいで 目の前をも曇り 霞んでいった。
このまま倒れてしまったらどれ程 楽なのだろう。
倒れれば、熱い体を 雪が冷やし、私を楽にさせてくれるだろう。

しかし、私はこの足を止める訳には行かない。
大切なものを 人を、もう二度と失いたくないのだ。
家を失った時。家族を失った時。
体の自由が利かなくなった時。そばで、無邪気に笑い、私を励ましてくれたのは 他でもない 小さな小さな彼だったのだから。

コルホネン医師に救われた命を、コルホネン家のために捧げたい。その想いは、いつしか コルホネン家と、そして、「アラン様」の為になっていた。

無条件で私を励まし 必要としてくれる彼の為に、私は生きて行きたいのだ。

だから、この足は止められない。アラン様と共にこれからも生きて、アラン様が立派に大人になるのを見届けたい。



アラン様の日本行きを非難したつもりはない。元々 日本へは アラン様が 大学へ合格した際に 日本旅行をプレゼントするつもりでいたのだ。私が見てきた景色を共に見ましょう、と。それを伝えなければいけない。
なのに、互いの気持ちがすれ違いがこのような事になってしまっている。




アラン様の背中が近づいてきた。
高熱でも全力で走れば、子供にも追い付けるものなのか。
アラン様が 私に気付き、ムスっとした表情で また走り出す。

しかし、渡ろうとした横断歩道は"プナイネン"。赤信号だ。
真正面から大きめのトラックがアラン様に向かって走ってくる。
しかも、雪道だ。急ブレーキも まるで 意味がない。



「アラン!危ない!!」


咄嗟に出た 日本語に アラン様は反応した。そういえば、前にキルシッカのことを「桜」と教えた事を思い出した。
なぜ今そんな事を思い出すのか……。
これが走馬灯というものなのだろうか。












「……カキ!サカキ!!」

アラン様が私に寄り添い、細く冷たい手を頬に当てている。冷たくて気持ちいい。

「…アラ……さ、ま……」
「喋るなサカキ!俺が悪かった…!今 救急車を呼んでいる!」

いいえ、悪いのは私です。
貴方に 抱いてはいけない想いを抱いてしまった guilty(罪)。


「アラ…ン様。私の心は。いつもあなたの…お側に…。」
「サカキ!」

目も耳も霞み、遠くなっていく感覚。
どうやら償う時が来たようです。

「体がなくなろうとも……心は。いつも…あなたの…」
「縁起でも無いことを言うな!お前は助かる!」

私は、アラン様の、寒さに凍えて赤くなった頬に手を当てる。

「……最期に日本…語を 教えましょう」
「頼むから…やめてくれ!お前は俺の執事だろう!…俺の……俺の側にいろ!命令だ、サカキ!!」

なんて大粒の、綺麗な涙。まるで 色取りどりの ビー玉だ。

「ラカスタン シヌア…」
「!」

アラン様が固まった。

「日本語で……これを……」







□□□




サカキ。今年も「サクラ」が咲いたぞ。お前の唇の色に良く似た 桃色の花が。

俺はいつか サカキと二人で見たキルシッカの木の目の前に居る。
ここには、何故かお前がいる気がするんだ。"体がなくても、心はここに"

俺はキルシッカを見上げる。

「サカキ。俺、父さんのような医者になる」

花びらが風に舞い、ひらひらと あのときの雪のように散っている。

「医者になって、日本へ行く。日本へ行って、当時のサカキのような傷ついた子供たちを助けたい。辛い想いを抱える人の…役に、立ちたいんだ」

ざわ、と風が吹き、どこからともなくサカキの匂いがした。

「…それよりまず日本語だな。父さんに習ったり、学校へ通って習得する予定だ」

サカキ。どうか見守っていてくれ。

医師免許を取った時、初めて日本へ行った時、初めて日本語で日本人と喋った時、日本で患者を診察した時。

これからの俺の全てを 見守っていてほしい。大切なサカキの意思を尊重して、俺は立派な医者になるよ。

でも。日本や、これからどこへ行ったとしても、キルシッカの咲く季節には必ずここへ戻ってくる。


サカキに会いに。
サカキに伝えるために。


"ラカスタン シヌア"は日本語で、






「サカキ、"愛している"」








end.



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