上巻
□扉の向こう
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薄暗い森の中に現れたカフェ。
『マーマレード』
外装はカフェというよりもまるで古い洋館のようだった。
暫く呆然と立ち尽くしていると、
「ちょっと、そこどいて」
と後ろから男の声がした。
「きゃ…」
驚いて振り向くとそこには目の大きな男性が
立っていた。
「そんなにおどろかなくてもいいじゃん」
「あ、すいません、ちょっとびっくりしちゃって…」
「まぁ人気もない所だし無理もないか、」
「あの、貴方は…?」
「あ、僕? 僕はウタ!ここの住人だよ」
ウタは八重歯を見せ笑った。
「え…ここって…」
「そ!マーマレードの従業員!さ、歩き疲れたでしょ?中に入って」
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軋むような不気味な音を立て洋館の大きな扉は開かれた。
埃を被った古い額縁。
青く錆びたシャンデリア。
歩く度に響く足音。
本当にここが…
飲食店なのか心配になってきた。
「ハルって言ったよね、そこに座ってて。今から当店自慢の紅茶を淹れるからさ!」
「あ、はい…」
ウタは小走りで厨房へと向かった。
ワインレッドの大き目なソファに腰をかける。
窓の外を見ると、ぽつぽつと雨が降り出してきていた。
次第に雨音は強まり遠くから雷の音が聞こえる。
瞬間、ボーン、ボーンと鐘がなるような音を立て時計が15時を指した。
それと同時に厨房から男が現れた。
ウタではなく、鋭い目をした男だ。
「いらっしゃいませ、」
淹れたての紅茶を片手に男は紳士的な笑顔を見せた。
「こちら、本日のおすすめフレーバーティーでございます」
「わぁ…いい香り」
「期間限定のピーチティにドライアプリコットの実を混ぜた当店の自慢のピーチアプリコットティです」
立ち昇るフルーティーな香りと赤い上品な色合い。
ハルはこれを飲むために来たのだと、早速それを口にした。
男の企む顔にも気づかずに…。