上巻
□奪われる唇
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ピーチの香りとアプリコットの風味が重なってうまく調和されている。
ハルは一口、また一口とその紅茶を口に運んだ。
すると、
突然に手からカップが離れた。
いや、離れたというよりも、離したのだ。
ハルの手から落ちたカップは音を立て割れた。
「何…これ…、体が…」
急に力が抜けて、カップを持つことができなくなってしまったのだ。
激しい雷雨が窓を叩きつける。
遠くで鳴っていた雷が近づいてきたのだ。
いつの間にか、ワインレッドのソファに体が組み敷かれている。
覆いかぶさっているのは先ほどこの紅茶を運んできた鋭い目の男だ。
慌てて退けようとするも体が言うことをきかない。
「体が…動か…ない…、」
すると男は長い舌を出し、不気味な笑みを浮かべている。
「ハッ!この弛緩剤、結構効くなぁ」
「しか、…ざい……?」
「お前が飲んだ紅茶にテトロドトキシンっていう筋肉の動きを弱める薬物を混ぜた、あと30分はまともに身体を動かすことはできねぇ」
「や、だ…、どいてっ…」
必死に抵抗を試みるも弛緩剤の効き目で身体の自由を奪われた身。
それに、当然男の力に勝てるはずもなかった。
「さ、お喋りは終わりだ、」
瞬間、男の長い舌がハルの口の中を弄った。
甘ったるい匂いが鼻を刺し、今すぐにでも吐きそうな気分になる。
「ンぅッ!ゴホっ!」
「おいおい、出すならもっと色っぽい声にしてくれよ、」
男は見下すように笑ってみせた。
「ま、俺は嫌がられた方が勃つけどな!」
男はハルの白い首筋にしゃぶりついた。
「や…めてっ…!」
「はぁー、この甘ったるい匂いがする身体、俺の調合した毒でボロボロにさせてえ、」
「や、め…っ、気持ち、悪いっ…!」
「ハッ!やめるわけねぇだろ!森の中のこの洋館へ辿りついたが最後、二度とここからは逃げられねぇんだよ!」
男は高笑いをした。
「安心しろ、すぐには殺さねぇよ。じわじわ弄り殺してやる、最期までな、ハッ!はははははは!!」
間違いない、ハルは確信した。
このカフェの噂。
《ここに足を運んだ女性客は紅茶が美味しいあまりに、店の虜になってそこから出れなくなってしまう》
そんなのはでたらめだ。
《出れなくなってしまう》
その本当の意味。
女性客たちは全員この
狂気的な男たちに殺されていったのだ。
このカフェ、マーマレードにいるのは
カフェの従業員なんかじゃない、
殺人鬼だ。