上巻
□月と共に
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必死の抵抗も声も、この狂気に満ちた
殺人鬼の耳には届くはずもなかった。
ハルの目にはまた、大粒の涙が零れ落ちそうになっている。
「ハッ、何泣いてんだ、怖えーのか?あ?」
「それも…ありますけど、手が…」
「手?」
ミヅキはおもむろにハルの手を見ると、
包帯から血が滲んでいる。
キョウイチにかじられた手首の傷が開いていたのだ。
「…ったく」
ミヅキは頭を掻いた。
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「す、すいません…」
「別に」
「…」
ミヅキはハルの血が滲んだ手首に、清潔なガーゼと新しい包帯を巻いてくれた。
「ほらよ、あーあ、興ざめしたから俺も寝る、じゃーな」
「あ、ありがとう、ございます…おやすみなさい…」
ミヅキが部屋を出ようとした時、
瞬間、轟々と音を立てて、
風が強く窓を叩いた。
「きゃっ!」
怖がり、背中を丸めるハル。
細い肩がふるふると震えている。
ミヅキはため息をついた。
「あれ…?も、戻らないんですか?」
ミヅキはハルのベットの横に座った。
「おら、早く寝ろ」
「え…?」
「うっせ。アホ子の分際で。さっさとしろ」
「は、はい…」
その夜、ミヅキはハルが寝るまで、
ベットの横で小難しそうな洋書を読みながら
彼女が寝るのを待った。
寝る前にちらりとハルが彼の顔を覗くと、
月明りに照らされ、それは光の加減なのか、
少し優しそうな表情に見える。
その夜、ハルは恐怖の森の中、
何故か安心して目を閉じる事が出来た。
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