恋愛・ソリューションズ
□第二章
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「え、風邪ですか」
昨日の天気とは打って変わった晴の日の朝、出社した富樫はコーヒーをすすりながら目を丸くしている。
「ああ、塩澤のやつ、昨日の雨にふられたみたいでな」
「え…」
「あいついないと結構仕事キツいんだが、ま、しょうがないよな」
と、塩澤の所属する企画部の上司は頭を掻きながらそう答えた。
「昨日の雨って…」
富樫がふと、昨日黒木屋の帰りに塩澤が自分にスーツの上着を貸してくれた事を思い出した。その様子をみた企画部の上司は、富樫の顔を覗き込む。
「なんだ、心当たりでもあるのか?」
「いいえ全く!」
「そうか…」
と、いいつつも富樫は昨日自分に向けられた塩澤の優しい笑みを思いだし立ち止まった。
(これってもしかして俺のせい、なのか…いやいや!塩澤さんが勝手に上着をかけて寄越したんだし別に俺は貸してくれなんて一言も)
富樫は悩んだ末、
「…でも半分は俺のせいでもあるよな、多分」
と、携帯を取り出し、塩澤に電話をかけることにした。携帯の画面に映し出された彼の名を確認し、発信する。
しかし、ワンコール、ツーコール。しばらく経っても塩澤の応答はない。
「なんででないんだよ…は、まさか」
死んでる!?そう言いかけた瞬間、塩澤の声が耳元で小さく響いた。
『ん、もしもし?』
「ば、ばか!なんで早くでねえんだよ!死んでるのかと思っただろ!」
かけたいのはそんな言葉ではなかったはずなのに、富樫の口からはそんな尖った言葉しかでてこなかった。
『ちょ、うるせ…頭いてえんだよアホ』
かすれた塩澤の声にハッとなり、富樫は、
「ご、ごめん…なさい!いや、風邪って聞いたから、大丈夫かと思って…」
と、少し声を小さくし、塩澤に問いかける。すると、電話の先の塩澤は軽い咳を何度がしてから答えた。
『あー…大丈夫』
「昨日、俺に上着なんて貸すからですよ」
『いや、それでお前が風邪ひかなくて良かったと思ってるけど』
「よかないです!…ったく、こっちは」
『なに? 心配してくれてんの?』
その言葉に塩澤の企み顔が浮かぶ。
「そ、そんなんじゃないです!ただの生存確認ですよ!生きてるかの!」
『わーったから大声だすな、頭いてえっつってんだろ』
「だーもう!大きい声出させてるのはアンタだろ」
少しの沈黙が続く。電話越しに塩澤の荒い息が聞こえてくると、富樫は小さく呟いた。
「…えと、というか、なんか手伝うこととか…ありますか?」
『え?』
「いや、ほら…買い物とかあればなんか買って届けるし。アンタが風邪ひいたのは半分は俺のせいかもしれないから…だから、その…」
そう言いかけた途端、塩澤が吹き出す声が聞こえた。
「は? 何笑ってるんですか」
『いや、なんつーか』
「?」
富樫の耳に塩澤の低い声が響く。
『…すげえ嬉しい』
その言葉に自分の顔が熱くなっていくのを感じた。
「は? 風邪引いたのに嬉しいとか、い、意味わかんねえし」
『だって嬉しいだろ、好きな子が心配してくれるなんて』
「はいはい!で、何買ってくればいいすか」
『愛を感じるっつーか』
「いい加減話聞けよ!総菜とかでいいですよね」
『ん? ああそだな。食欲も落ちてるからあんま買ってこなくていいぞ、お前が来てくれるだけで嬉しいし』
「はいはい、わかりました。今日定時で帰れると思うんで、あと買って届けますから」
そう言い、電話を切ろうとした瞬間、、塩澤が思い出したかのように富樫を呼び止めた。
『あ、そうだ、富樫』
「はい? なんですか、ああ、果物とかもいりますかね」
電話越しに問うと、塩澤がくすりと笑いがら富樫に呟いた。
『好きだぜ』
そう言い、塩澤から電話を切った。
富樫は切られた携帯を見つめ、頭を抱える。
「もう…まじ意味、わかんねえ」
顔が熱くなっているのを感じ、そんな自分に余計に腹が立った。
「…なんであんなやつにドキドキしてんだよ…ばかか」
富樫は細いため息をついた。自分の中で、塩澤の存在が大きくなっているのを感じていたのだ。ふと、彼が昨日言ってきた事を思い出す。
《お前の中を俺で埋め尽くしてやる》
その言葉に富樫は頭を左右に振った。
「そんなん…頼んでねえっつの」