恋愛・ソリューションズ

□最終章
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秋も深まる中、赤や黄色の落ち葉が歩く道を彩っていた。

富樫は塩澤に誘われ、このシルバーウィークに日帰りの温泉旅へ連れ出された。
会社で強引に誘われ、何度か断ったものの

「って結局来てるし俺…」

と、富樫は予定時刻より30分も早く待ち合わせのツクネ駅に足を運んでいた。
厚手のジャンパーの袖をめくり、普段使いしている腕時計を眺める。

「さすがに早く来すぎたか…まだ時間あるよな、どうしよ」

ふと改札付近を見ると、見覚えのある男性が目に映り込んだ。

「え…あれって」

すると向こうも富樫に気付いたのか、ぱっとしない表情でこちらに近づいてきた。

「おお、富樫くんおはよ」
「お、おはようございます、池田さん」

そこには、昨日と同じスーツを着て、何故か目を赤くした池田の姿があった。

「ど、どうしたんですかスーツなんかで」

おずおずと富樫が問うと、池田は苦笑しながら答えた。

「あー、昨日さ、自棄酒しちゃって。今その帰り…恥ずかしいとこみられちゃったな」

と、池田は頭を掻きながら言った。

「い、いえ…。でもなんで自棄酒なんか」

富樫のその言葉に池田は遠く誰かを思い出し、ぽつりと呟いた。

「フラれたんだ、前言ってた片思いのやつに」
「え…」

心臓が一瞬本当に止まるかと思った。

「ずっと好きだったやつだけに…結構効いた…そんなんで自棄酒なんてこの歳で変だろ、笑ってくれよ」
「そんな、笑うなんて…」

するとなぜか次の言葉が浮かばないことに富樫は自分自身を不思議に思った。
この状況に前の自分ならどうしただろうかと考えてしまっていたのだ。
きっと前の自分なら、やっとチャンスが巡ってきたのだと思って池田を慰め、その心の隙間に入り込もうとしたかもしれない。
しかし、なぜだろう。

『大丈夫ですか』とか、『俺でよければ話聞きます』そんな言葉が出てこない。

ぐるぐる考え込んでいると池田が、

「…しくん、富樫くん」
「え、あ!はい!すいません」

池田の呼ぶ声に気付かず、富樫はハッとした。

「大丈夫かい?具合悪い?」
「いえ、そういうわけでは…」
「そうだ、富樫くん、これから何か用事とかある?」
「え…」
「いやあ、もしなければちょっと話聞いてほしいなって思ってさ…実を言うと、君のこと少しイイなって思ってた時期あったんだよね」

その言葉に先ほどの考えが合致した。

なぜ、言葉が出てこなかったのだろう、それはもうとっくに彼ではない人が心の中にいるから。

富樫が返事をせずにいると、池田は富樫の腕をつかんだ。

「ね?いいでしょ」
「あ、あの俺っ、すいませんこのあと用事が」

言いかけた途端池田の手の力が強くなるのを感じた。

「痛っ、」

見上げると、いつものふにゃふにゃにした笑顔はどこかに消え、富樫の知らない池田が自分を見下ろしている。それはどこか、恐怖にも似ていた。

「君、俺の事好きでしょ、いつも俺のこと見てたもんね」
「え、あのっ、俺」
「だったらいいじゃん、来いよ、抱いてやる」

そう低く呟かれ、無理やり駅の構外に連れていかれそうになった。

「池田さん、やめてください!俺は!俺の好きな人は」
「うるさい!お前の好きなのは」

池田が声を荒げた瞬間

「それは俺ですよ、池田さん」

と、いつの間にか塩澤が前に立ちはだかっていた。

「し、塩澤さっ…」

塩澤の姿を見た途端、富樫は安心で目には薄い膜が張ってゆく。

「なんだ、塩澤、そこをどけ」
「いいえ、どきません。それと、いますぐ富樫の腕から手を離してください」
「は、上司の俺に命令する気か? 生憎俺は暇じゃないんだ、こいつを抱く用事がある、さっさとどけ」

すると、塩澤は勢いよく、池田の手を取り、その腕を絞めり上げた。

「い!痛てえ!離せお前!上司に何すんだ!」
「今日は休日なので上司も部下もありません」
「なんだと!」
「それに、こいつが好きなのは池田さん、少なくとも今のアンタじゃねえ」
「あ!?いてえ!」

塩澤は池田に低く呟く。

「今の最低なアンタに俺は絶対負けない」

塩澤の鋭く刺さる視線に怖気づきながらも池田はまだ口を開く。

「は、何が負けないだ。そんなガキこっちから願い下げだ、さっさと連れてけ!抱く価値もねえ!」

池田が最後の言葉を言い終わる直前、塩澤は勢いよく池田を背負い投げた。

「ぐあ!て、てめえ!!」

塩澤はまるで手についたほこりを払うかのように手をはたきながら、寝転ぶ池田に言った。

「富樫をアンタなんかに抱かれてたまるかよ、アンタこそ、こいつを抱く価値なんてねえ!」

瞬間、ひそひそと「喧嘩か?」などと駅構内に人だかりができるのを感じた塩澤は茫然と立ち尽くす富樫の腕を引いた。

「行くぞ」
「あ、はい!」
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