下巻

□線香花火
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ある夜。ハルが二階の自室で休んでいる時だった。






「ハルちゃ〜ん!」

「ハル〜!」



と、窓の外からキョウイチの声が届く。







「キョウイチさん?と、ウタくん…?」






ハルが窓を開け、声のする庭へ顔を出すと、








「どうしたんですか…って、それって」



「せや!花火買うてきてん!一緒にやろー!」




と、キョウイチが片手に花火を持ちながら、大きな声で誘ってきた。




「あ、はい!今行きます!」




ハルはキョウイチが待つ庭へ走った。














「お待たせしました、キョウイチさん、花火なんて…どうしたんですか」


キョウイチは嬉しそうにロウソクに火をつけながら


「8月やし、夏っぽい事しよ思て買うてきてん」


と笑った。



「そうなんですか、花火なんて久しぶりかも。しかもいっぱい種類があって楽しそう」


「ホント!?よかった!ハルが喜んでくれるように可愛らしいのを選んだんだよ!」




「ウタくんもキョウイチさんと一緒に買いに行ってくれたんですか?」



「うん!」



ウタが満面の笑みで頷いた。






「あれ?そう言えば、他のお二人は?」


「あぁ、あの二人なら言わずもがな。くだらん言うて部屋から出てこんかったわ」


「で、ですよね。」





あの二人が花火をやるなんて想像もできなかった。








「さて、ほんなら始めよか!」








と、キョウイチが一つ目の花火に火をつけた。




「うおっ、すごいな!」


花火は勢いよく燃え上がり、青から緑、オレンジと様々な色に変化する。




「わ〜、きれいだね!ハルも早くやろ!」

「あ、うん!」




ハルも花火を手に取り、火をつける。
火をつけた花火は七色に変化し、静かな夏の夜に溶け込んでゆく。



「わぁ、すごいキレイ…、」

と、ハルは花火に見とれていると、






「ハルちゃんの方がキレイやで」


「き、キョウイチさん…冗談は」



「冗談やないで?ワシ、ハルちゃんの事…って!ウタ!君なにしてんねん!振り回したら危ないやろ!やめーや!」


「だって、みてみて!円を描くと残像が残るんだよ!!見てー!ハル!」



「ホントですね、すごいウタくん」


「えへへ〜!」



「全く。ええトコやったのに」



と、キョウイチはため息を吐きながらも、また次の花火に手を伸ばした。






楽しいことをしている時は何故か時間が早く過ぎてしまう気がするものだ。

あっという間に最後に残していた線香花火に火をつける時がきた。







「わぁ、線香花火。お願いごとしなくちゃ…」






と、ハルが呟くと、




「え?お願いごとって?」


「何それ、ワシも知らん」




二人は目を丸くしている。




「えっ、あの、線香花火をする時って、最初にお願い事を決めて、そのあと、火が消えるまで種の部分が花火から落ちなかったら願い事は叶うっていう…そんなおまじない子供の頃やりませんでした…?」





おずおずとハルが答えると、



「何それおもろ!やろやろ!」



「うん!僕お願い事何にしよっかなぁ!!」



と、二人ははしゃぎ出した。






3人は最後の線香花火にゆっくりと火をつける。





「よし、やるぞ!二人とも!ちゃんと願い事決まった?」


「あ、はい」


「ワシもOKや」




瞬間、パチパチと静かに線香花火が弾ける。
柔らかい光が暗い空を優しく照らした。












ウタはぎゅっと目をつむり、ぶつぶつと何かを念じている。


キョウイチは静かに微笑みながら線香花火を見つめていた。




ハルはそんな二人を見ながら、







「(どうか…無事にここから出れる日が来ますように…これ以上なにも望みませんから…)」









火花が優しく消えてゆく。







「だー!僕のやつ落ちちゃったよ!せっかくハルと永遠一緒にいれますようにって願ったのにー!」



「ワシは辛うじて残ったで」


「私も残りました」





「ちぇっ!なんだよー二人して!!もういい!明日の朝ごはんの準備あるし僕はもう戻る!後片付けしといてよね!」




そう言ってウタは頬を膨らませながら、洋館へと戻っていった。







「ウタくん、拗ねちゃいましたね」



「ええ、ええ、少しほっとけばケロっとするて」


「そ、そうですかね…」








ハルがバケツを両手に持ち、洋館へ向かおうとすると、








「せや、ハルちゃん」



「はい?」









「線香花火の願い事、ハルちゃんはなんてお願いしたん?」







「え…」





ハルは戸惑った。
キョウイチは戸惑うハルの顔を覗きこむ。





「それは…ひ、秘密です」


「ひみつ〜?」


「は、はい。他言すると叶わないって説があるんですよ」




と、咄嗟に思いついた事を口にした。



「へぇ、そうなんや」




キョウイチは、じゃぁ、しゃあないなと肩を下す。



ほっとするハルに、彼は






「因みにワシは、」




「…?」



























「ハルちゃんが笑うてくれますようにって、お願い事したで」















と、笑った。











「えっ…」










目を丸くするハル。
キョウイチは、ハルの持つバケツに手をやり、








「重いやろ、持つで」


「え、あ、ありがとうございます」








「ええて」




キョウイチは、背中を向け洋館へと向かってゆく。



ハルは慌てて、

「あの、今のお願い事って」









「ん?ホンマやで。さっき花火やってた時みたく、君にはいつもそうして笑うててほしいねん、君には笑顔の方がお似合いや」








キョウイチは、また背を向け歩きだした。









ハルは不思議な気持ちだった。










「君の死がみたい」とか言ったと思えば、




「笑っていてほしい」なんて矛盾したような事を言う。
















「…どっちなのよ」









ハルは細いため息を吐きながら、彼の背中を追いかけた。














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