下巻

□オレンジと包帯
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爽やかな森の朝。
ハルはいつものように、クローゼットからウタが手作りしたワンピースを着て
ウタの朝食づくりの手伝いをしにリビングへと向かった。




「おはようございます」



すると、この日キッチンに立つのはウタではなく、






「あ、あれ?ミヅキさん?」





「おう、アホ子か」



と、眉間にシワを寄せながら慣れない手つきで包丁を持っていた。






「えっ、ど、どうしたんですか?ウタくんは…」




「どうもこうも、あいつ熱だしやがって今寝てやがる。そのせいで俺が朝メシ作りの罰だ」


「え!ウタくん風邪ですか」

「あぁ、あいつこの時期になると毎年夏風邪引くんだよ、面倒くせぇやつ」



「そんな、大変!」





「うるせーな、熱ごときで騒ぐな、死なずぞ!」


ミヅキが包丁を振りかざす。




「す、すいません」





「とりあえず、もうすぐ朝メシできっから、お前それウタに持ってけ」


「あ、はい」






すると、










「いって!」





「ミヅキさん!?」







ミヅキが慌てて包丁から手を離した。
赤い血が指から腕を伝って流れてゆく。






「だ、大丈夫ですかっ」






「くっそ。慣れない事すっとこういう事になっからヤなんだよ」


「すぐにガーゼと包帯を持ってきます」



「いいって、こんなん唾つけときゃ」


「だめです!化膿したら大変です!」

「お、おう…」





ハルの勢いに負け、ミヅキは頷いた。









#####







「これでもう大丈夫ですよ」




「おう、アホ子のくせに手際がいいな」


「いえ、一応傷口が開かないように少しきつく包帯巻きましたけど、滲んできたら言ってくださいね」

「そん時はアホ子が舐めて治してくれんだろ?」



「ち、違います」




ハルは赤面し否定した。すると、




「あぁー、ったく、それにしてもオレンジの皮で手が滑るなんてな」


と、ミヅキがため息をついた。





「え、オレンジ?」





「あぁ、今日の献立、ウタの奴がオレンジのリゾットって書いてたから手順通りにやってたんだけどよ」


「はい」





「最後に皮を薄く削ってトッピングするっつー時にオレンジごと手きっちまった」




「丸くて滑りますからね…、あ。あとは私がやりますからミヅキさんは休んでてください、皮を削ってトッピングしたらウタくんの所に持っていきますから」



「おー、頼むぜアホ子」




「はい」







ハルは二返事で返したあと、キッチンに立った。




一応ウタが書いたレシピを見る。





オレンジのリゾット。
玉ねぎをフライパンで居炒め、透明になったら米も透き通るまで炒めてゆく。
オレンジの果肉とオレンジジュース、レモン汁、白ワインを入れ、アルコールが飛ぶまで煮込む。
最後にオレンジの皮をトッピングして完成。




「なるほど…」




最後まで読み終わると、レシピの下の方に、ウタのぎこちない字で、


≪ハルに美味しいっていってもらえるように心をこめながら!≫


と書いてあった。




「…ウタくん」






ハルは、ミヅキの手を滑らせたオレンジの皮を薄く丁寧に削り、リゾットの上にトッピングした。













「じゃぁ、ウタくんの所に持っていきますから」





「ちょっと待てアホ子」





「はい…?」






ミヅキに呼ばれて、ハルは彼に近づいた。


「どうしたんですか…?あ、手ですか?やっぱり痛みますよね…」









心配そうに見上げるハルに、ミヅキは呟いた。


























「お前さ、俺の女になれよ」


















「は…はい?」














突拍子もない言葉にハルは目を丸くした。









「え…あの…」








「だから、俺の女になれ。そうすりゃ殺さずに一生可愛がってやる」








「え、えっと…」









「なんだ、俺じゃ不満か。アホ子の癖に」





ミヅキの顔が険しくなってゆく。






「いえ…そういうわけでは…あ、私…!ウタくんに朝ごはん届けてきます!」









リゾットを持ってその場を立ち去ろうとした時、










「アホ子、」








と、腕を掴まれ、ハルは彼に強引にキスをされた。









「ちょ…ミヅキさっ…」












次になにをされるのかと、肩を竦めるハル。
そんな彼女を見ながらミヅキは、














「考えとけ」

















と、そのあとは何をするという事もなく、
彼はそう短い言葉を残し、自室へ戻っていった。










「…な、なに…?どういう事…」









ハルは焦る自分を必死で落ち着かせた。











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