下巻

□気遣い
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「あ!ミヅキさん、おはようございます、朝ごはんのスープ、鍋に入ってるのでわけて食べてくださいね!」

「おー」


「あっ、セラトさん!昨日お洗濯もの出すの忘れてたでしょう、今から洗濯しますから、他に洗うものあれば持ってきてください!」


「はいはい」



忙しい森の朝。

「ほな、ハルちゃん、ワシ行ってくるでー!」

「キョウイチさん、待って!お弁当忘れてます!」

「あ、ホンマや!」



ハルはパタパタと忙しそうに走りまわる。




そんな様子を見ているミヅキとセラトは、


「すっかり元気になったな、アホ子のやつ」


「いやあ、元気過ぎでしょ…なんか母親みたいでうざいんですけどー」


「ま、塞ぎこんでるよかいいけどな」


と、苦笑しながら眺めている。




ハルがウタの死から回復するのにはそれ相応の時間を要した。
しかし、死という衝撃からここまで元気になれたのは時間だけではなく、三人の男の気遣いのよるものもあったのかもしれない。






一月前。











突然のウタの死により、ハルはショックを受け自室に引きこもる日が続いていた。

人間、いつか死ぬものだが、あまりにも早い死。
それは、ハルに死を身近に感じさせ、悲しみと恐怖を植え付けた。





そのころ、三人の男たちは、一階のリビングで話し合いをしていた。





「つか、ウタの持病がここまでとは、正直驚いたぜ」


と、ミヅキが紅茶を飲みながら言う。



「まぁ、もともと長くは生きられない体だったらしいけど、居なくなると少し寂しいよねー」


「せやなあ」



沈黙が続くと、三人はハルの籠る二階に目をやった。






「…なあ、ハルちゃん大丈夫なんかな?」


「おい、誰か声かけてこいよ」


「えー。俺面倒くさいんですけどー」


「よし、ほんなら、君行ってあげてや!」



と、キョウイチはミヅキを指名する。


「は?なんでだよ、心配ならテメーでいきゃいいだろ」




「だって、どんな様子か最初に見て行ってくれんと、ワシだってどう話しかけてええかわからんやろ」


「おめーの都合かよ」






ため息を吐きながらも、ミヅキは重い腰をあげた。



「ったく、どいつもこいつも…」













#####







コンコン、





と、ハルの自室へノックが鳴る。




「は、はい…」



細い声で答えると、ドアの向こうからはミヅキが顔を出していた。



「…ミヅキさん…」







「よう、アホ子大丈夫かって…!おま、なんだその顔!」



「え…」



ミヅキが目を丸くしてハルを見つめている。





「どうした、そのクマ。ひでー顔だぞ」



「はい…あれから寝れなくて…」





あれからというのは、ウタの死の日からだろう。
ハルの目の下には濃いクマができていた。




ミヅキはハルの居るベットに腰をかけた。








「…ずっと寝てねーのか」




「はい…目を瞑るとウタくんの顔が浮かんで…でも眠いから寝ようとするんですけど、そうすると悪い夢ばかり見ちゃって…」




「…そうか」




ハルは座っていてもふら付いている状態だった。
彼女の目には次第に涙の膜が張ってゆく。








「目が覚めると、ふと思うんです。な、なんで…なんでもっと優しくしてあげなかったんだろって、そんな事ばかり…考えてっ…」




「はあ?お前人殺し相手にそんな事思ってたのかよお人よし過ぎんだろ」



「思いますよ、だって思い返せば優しい一面だってあったし、いつもおいしいごはん作ってくれたりして…だからっ」




「お、おい、待て、泣くなっての」




そう言っているうちに、ハルの目からは大粒の涙が溢れだした。






ミヅキは、ため息をつき、







「とりあえず、これ飲め」





と、ハルにカップを渡した。





「これは…?」







「ホットミルク。自律神経に作用するから、眠りやすくはなるはずだ」



「あ、ありがとうございます」



ハルはハンカチで涙を拭い彼からカップを受け取った。
口に近づけると、ミルクの優しい香りがいっぱいに広がる。



「いただきます…」





ハルは一口、また一口と口をつけた。



「…美味しいです」



「そりゃ俺様が煮たんだから当たり前だろ」




「…ふふ…そうですよね…」



ハルはぎこちないながらにも、彼のミルクのお陰で、少し口角を上げて笑う事ができた。







彼女が全てミルクを飲み終わる頃には、身体も温まり、眠気を感じていた。







「…ん、何か眠い…」



「そら寝てねーからな。おら、眠いならさっさと寝ろ」




「…でも、悪い夢を見ちゃいそうで…怖い…」




「だー!面倒くせぇやつだな!」





そういうと、ミヅキはハルの肩を半ば強引に抱き寄せる。






「きゃっ…」






ハルは彼の肩に寄りかかるような形になった。







「み、ミヅキさん…」




ふと、彼を見上げると、ミヅキの顔がハルへと近づいて、









「やっ…」










何かされるのかと、身構えるハルだったが
瞬間、彼は彼女の鼻の頭に、そっと短いキスをした。








「え…」










不思議そうに再度見上げると、ミヅキは、














「なんもしねーよ。ガキの頃母親に教えてもらった まじないだ」



「あ、ありがとう…ございます…?え、でも何のおまじないですか?」



「知らねぇ」



「くす…、なんですかそれ」



ハルは笑いだした。










「うっせー。おら、寝るまでいてやっから早く寝ろ。俺だって暇じゃねーんだよ」



「あ、は、はい…」









ミルクのお陰なのか、はたまたミヅキのおまじないのお陰なのか、
その時ハルは、数日ぶりに深い眠りに付く事ができた。










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