下巻
□気遣い
1ページ/2ページ
「あ!ミヅキさん、おはようございます、朝ごはんのスープ、鍋に入ってるのでわけて食べてくださいね!」
「おー」
「あっ、セラトさん!昨日お洗濯もの出すの忘れてたでしょう、今から洗濯しますから、他に洗うものあれば持ってきてください!」
「はいはい」
忙しい森の朝。
「ほな、ハルちゃん、ワシ行ってくるでー!」
「キョウイチさん、待って!お弁当忘れてます!」
「あ、ホンマや!」
ハルはパタパタと忙しそうに走りまわる。
そんな様子を見ているミヅキとセラトは、
「すっかり元気になったな、アホ子のやつ」
「いやあ、元気過ぎでしょ…なんか母親みたいでうざいんですけどー」
「ま、塞ぎこんでるよかいいけどな」
と、苦笑しながら眺めている。
ハルがウタの死から回復するのにはそれ相応の時間を要した。
しかし、死という衝撃からここまで元気になれたのは時間だけではなく、三人の男の気遣いのよるものもあったのかもしれない。
一月前。
突然のウタの死により、ハルはショックを受け自室に引きこもる日が続いていた。
人間、いつか死ぬものだが、あまりにも早い死。
それは、ハルに死を身近に感じさせ、悲しみと恐怖を植え付けた。
そのころ、三人の男たちは、一階のリビングで話し合いをしていた。
「つか、ウタの持病がここまでとは、正直驚いたぜ」
と、ミヅキが紅茶を飲みながら言う。
「まぁ、もともと長くは生きられない体だったらしいけど、居なくなると少し寂しいよねー」
「せやなあ」
沈黙が続くと、三人はハルの籠る二階に目をやった。
「…なあ、ハルちゃん大丈夫なんかな?」
「おい、誰か声かけてこいよ」
「えー。俺面倒くさいんですけどー」
「よし、ほんなら、君行ってあげてや!」
と、キョウイチはミヅキを指名する。
「は?なんでだよ、心配ならテメーでいきゃいいだろ」
「だって、どんな様子か最初に見て行ってくれんと、ワシだってどう話しかけてええかわからんやろ」
「おめーの都合かよ」
ため息を吐きながらも、ミヅキは重い腰をあげた。
「ったく、どいつもこいつも…」
#####
コンコン、
と、ハルの自室へノックが鳴る。
「は、はい…」
細い声で答えると、ドアの向こうからはミヅキが顔を出していた。
「…ミヅキさん…」
「よう、アホ子大丈夫かって…!おま、なんだその顔!」
「え…」
ミヅキが目を丸くしてハルを見つめている。
「どうした、そのクマ。ひでー顔だぞ」
「はい…あれから寝れなくて…」
あれからというのは、ウタの死の日からだろう。
ハルの目の下には濃いクマができていた。
ミヅキはハルの居るベットに腰をかけた。
「…ずっと寝てねーのか」
「はい…目を瞑るとウタくんの顔が浮かんで…でも眠いから寝ようとするんですけど、そうすると悪い夢ばかり見ちゃって…」
「…そうか」
ハルは座っていてもふら付いている状態だった。
彼女の目には次第に涙の膜が張ってゆく。
「目が覚めると、ふと思うんです。な、なんで…なんでもっと優しくしてあげなかったんだろって、そんな事ばかり…考えてっ…」
「はあ?お前人殺し相手にそんな事思ってたのかよお人よし過ぎんだろ」
「思いますよ、だって思い返せば優しい一面だってあったし、いつもおいしいごはん作ってくれたりして…だからっ」
「お、おい、待て、泣くなっての」
そう言っているうちに、ハルの目からは大粒の涙が溢れだした。
ミヅキは、ため息をつき、
「とりあえず、これ飲め」
と、ハルにカップを渡した。
「これは…?」
「ホットミルク。自律神経に作用するから、眠りやすくはなるはずだ」
「あ、ありがとうございます」
ハルはハンカチで涙を拭い彼からカップを受け取った。
口に近づけると、ミルクの優しい香りがいっぱいに広がる。
「いただきます…」
ハルは一口、また一口と口をつけた。
「…美味しいです」
「そりゃ俺様が煮たんだから当たり前だろ」
「…ふふ…そうですよね…」
ハルはぎこちないながらにも、彼のミルクのお陰で、少し口角を上げて笑う事ができた。
彼女が全てミルクを飲み終わる頃には、身体も温まり、眠気を感じていた。
「…ん、何か眠い…」
「そら寝てねーからな。おら、眠いならさっさと寝ろ」
「…でも、悪い夢を見ちゃいそうで…怖い…」
「だー!面倒くせぇやつだな!」
そういうと、ミヅキはハルの肩を半ば強引に抱き寄せる。
「きゃっ…」
ハルは彼の肩に寄りかかるような形になった。
「み、ミヅキさん…」
ふと、彼を見上げると、ミヅキの顔がハルへと近づいて、
「やっ…」
何かされるのかと、身構えるハルだったが
瞬間、彼は彼女の鼻の頭に、そっと短いキスをした。
「え…」
不思議そうに再度見上げると、ミヅキは、
「なんもしねーよ。ガキの頃母親に教えてもらった まじないだ」
「あ、ありがとう…ございます…?え、でも何のおまじないですか?」
「知らねぇ」
「くす…、なんですかそれ」
ハルは笑いだした。
「うっせー。おら、寝るまでいてやっから早く寝ろ。俺だって暇じゃねーんだよ」
「あ、は、はい…」
ミルクのお陰なのか、はたまたミヅキのおまじないのお陰なのか、
その時ハルは、数日ぶりに深い眠りに付く事ができた。