下巻
□飴と飴
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「え、食欲がないやて?」
キョウイチが問う。
「あぁ、今アホ子に飯持っていったんだが、どうも腹が減らないらしくてな」
「そうか…」
ミヅキのおかげで、その日からハルは夜も深い眠りにつくことができ、
怖い夢で起こされることも少くなっていた。
しかし、ウタの死によるショックから立ち直るにはまだ時間がかかるようだ。
すると突然に、
「食欲か。なら、俺の出番だなー」
とセラトが腰をあげた。
「えっ、君、何か秘策でもあるんか?」
「セラト、おめーの どや顔初めてみたぜ、気持ち悪りぃ」
驚く二人にセラトは親指を立ててみせた。
「まー、みてろって」
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コンコン、
と、セラトはハルが引きこもる自室のドアをノックする。
「…はい?」
中からは眉をハの字にした彼女が出てきた。
「邪魔するよー」
「セラトさん?」
セラトはハルの自室に足を踏み入れた。
「ど、どうしたんですか、珍しいですね、セラトさんが私の部屋にくるなんて」
セラトは別にー、とやる気のない声でイスに座ると、彼はおもむろにビニール袋をハルに差し出した。
「えっ、なんですか、これ、結構重い…」
「いいからあけてみて」
袋を受け取ったハルは、静かにその中身をあける。
すると、
「えっ!せ、セラトさん、これって…」
目を丸くする彼女にセラトは、
「そ。ぜーんぶ飴」
と、呟いた。
「あ、飴って…。私、こんなに飴、好きでしたっけ?」
「それは知らない。なに?嬉しくないわけ?俺ならちょー嬉しいけど」
「えっ、いや、そういうわけじゃなくてっ」
突拍子もない出来事と、彼の掴み所のない会話に焦りを隠せないハルは必死に次の言葉を考える。
その様子をみて彼は
「なんだ、せっかく来月の小遣い3万叩いて飴買い占めてきたっていうのに」
ポーカーフェイスの彼の顔が少し
曇ったのを見てハルは慌てた。
「あ!そ、そうでした、私!あめ、飴好きだったんですよ、ありがとうございます」
咄嗟に礼を言うが、三万円分の飴の他に彼は何も思い付かなかったのだろうか、とふいに思ってしまったハル。
「えー、なんかあんま嬉しそうに見えないんですけどー」
「え!そんなことないです、嬉しいですよ、はは」
彼の言葉にそう返すと、セラトは、
「なら、もうひとつ。今度は嬉しい話をしてあげる」
「…?」
首を傾げるハルに、セラトは続けた。
「あんたさ、前ミヅキにキスマーク付けられた時あったろ」
ハルは、セラトの部屋に掃除をしに行った時の事を思い出した。
あの時、彼に押し倒され、同時に首もとの赤いアザを見られたのだ。
「え、あ、はい…」
「ああなると、あいつは本気だよ」
「え、本気って…?」
おずおずと答えると、彼は口角を上げて言った。
「だから、ミヅキはあんたにお熱ってこと」
「え、えぇ!?まさかっ」
久しぶりに大きな声を出した為か、声が上ずってしまった。
「そのまさかだよ、ミヅキが女にマーキングするのは、そういう意味しか持たないってこと。俺らに手ぇ出すなってアピールだよ」
「で、でもっ」
「でもも何もないっての。良かったじゃん、これで殺されずに一生あいつに可愛がってもらえるね」
セラトを意地の悪い笑みを浮かべている。
「も、もう、からかうのはやめてくださいっ、」
「ちぇー、」
そう言って、ハルは赤面しながらセラトを自室の外へと追いやった。
セラトが出ていった部屋は途端に静になった。
ハルはふと、ミヅキに言われた事を思い出す。
「お前、俺の女になれ」
ハルは赤面した。
セラトに貰った三万円分の飴が入ったビニール袋が、ゆらゆらと揺らいでいる。
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