下巻

□記念日
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夏の暑さが過ぎ、気付けばいつの間にか黄色と赤の森の葉が、はらはらと落ちていく季節になっていた。











「え?、パーティー?」



ハルは不思議そうな顔してキョウイチに問いた。

キョウイチはすっかり元の様子に戻った彼女に笑いながら言った。


「そや。今日はなんの記念日や、分かる?」



「ええっと…」



ハルは、キョウイチに「今日はなんの日か」と唐突に訊かれていたのだ。



「えーっと…別に祝日でもなんでもない平日ですし…ちょっと分からないです」






おずおずと答えると、キョウイチは、





「ふふ。今日はな!」



「…?」



「なんと!ハルちゃんがここに来て5ヶ月記念日や!」







「え?、あ!そう…でしたっけ」






思えば7月の夏の暑い日にハルはここ、マーマレードへ足を踏み入れ、それからというもの、
ここにいる男たちとの非常に奇妙な毎日を過ごしていた。



最初は警戒していた彼女だが、彼らの不器用な優しさに触れ、
自然と心を開き、今では半ば家政婦のように彼らとの生活に馴染んでいた。


そんな奇妙な生活が始まってから約5ヶ月が経つとは、それにはハルも驚きを隠せなかった。







「…そっか、もう11月ですもんね。早いなあ」






どこか遠い窓の外を見る彼女に、キョウイチは、



「せやからパーティーやろーや、パーティー。ハルちゃん5ヶ月記念日!」




「嬉しいです、ありがとうございます。でも、5ヶ月って微妙ですよね、なんなら来月に回してクリスマスパーティーにでもしませんか?」









ハルがキョウイチに提案すると、彼は




「それじゃ間に合わないかもしれん」



と小さく細い声で呟いた。









「えっ?何が間に合わないんですか?」




ハルがキョウイチの顔を覗き込む。



「あ、いや!こっちの話や。とりあえずなんか酒でも飲みたい気分なんや!ハルちゃん5ヶ月記念日に託つけてパーティーやろーや」




「はい、私は構いませんけど…」





ハルは首を傾げた。












#####




その夜。








「つか何で俺らまで強制参加なんだっつの、だりーな」


「ほんと。今日はコレクションの整理で忙しいのにさー」







と、ミヅキとセラトが嫌々ながらも
「ハルの5ヶ月記念日パーティー」に参加している。




「ええやん、こういうのは皆でわいわいした方が楽しいに決まってるんや、な、ハルちゃん」


「はい!」







この日、テーブルにはシャンパンにチキンと、まるで一月早いクリスマスのようになっていた。






「あ、てめ!セラト!それ俺のチキンだろ!」



「は?嫌いだから残してるんだと思ったよ」


「ちげーよ、好きなもんは最後に食う派なんだっつの!」

「あーうざ。セロリスティックでも食ってろ」


「んの野郎ォ!」






テーブルの料理もこの洋館も、今日は一段と明るく賑やかだ。





「やめーや、二人とも、飯の時まで。ごめんなハルちゃん」


申し訳なさそうな顔をするキョウイチ。




「そんなことないです、賑やかで なんだか楽しいです」


「…ほんなら良かったわ」





「…?」









先程からキョウイチの様子がおかしいのにハルは気づいた。

いや、先程からではない。












「あ、キョウイチさん、」



「なに?」








そう言えば、この頃ずっと、









「お仕事って今、お休み中…ですか?」








その言葉に男たちは一瞬動きが止まったように見えた。

彼女は時間が凍りついたような、肌がヒリヒリする感覚を覚えた。








「え、あの…ごめんなさい、変な事、聞いちゃって」





ハルが咄嗟に言葉を繋げようと口を開いた。

すると、





「ああ、ええんや。今は有給消化中やねん」




と、いつもの笑顔でキョウイチはそう答える。


「そうなんですか!、そうですよね、たまにはお休み貰わないとっ」







「せや。ここんとこ働きづめやったしな〜。」



「そ、そうですよね〜」







なんとか、もとの空気に戻ったようだが、
依然としてキョウイチの様子がおかしいのには変わりなかった。






しかし、それを聞いていいのか。



以前、キョウイチの仕事が「ヤバイこと」と聞いてからそれをハルが彼に直接聞くことは出来なかった。














こうして、前倒しのクリスマス会とハルの5ヶ月記念日は静かに幕を閉じた。













夜中、ハルがキッチンで片付けをしている時だった。







「アホ子」





と、後ろから声がした。振り向くと、





「ミヅキさん。あれ、皆さんは?」



「キョウイチは酔いつぶれた。セラトは風呂」




「そう…ですか」







ハルは、思いきって、気になっている事を聞こうとした。





瞬間、






「きゃっ」








ミヅキが手を伸ばし、ハルを後ろから抱き締めた。






「み、ミヅキさっ、酔ってます?」




答えがない。




「あのっ、ミヅキさんっ、」



するとそれは、低い声で囁かれた。






















「なぁ、お前さ。ここに居られなくなったらどうする」











「えっ…」






唐突で驚くような質問にハルは目を丸くした。





「ちょ、ちょっと待って下さい!それってどういう」





回された手を振りほどき、後ろにいる彼を振り向くと、
ミヅキから突然に優しいキスをされた。







「…いや、何でもねぇ」



「…え…?ミヅキさん?」





「悪ぃ。酔ってるみてーだ。寝る」




「み、ミヅキさん待って!今のどういう意味なんですか」



自室に戻ろうとするミヅキの服を掴み呼び止めたが、









「…おやすみ」







そう短く返され、その手は振り払われた。












外は雨。
気温は下がり、雪でも降りそうな空をしている。



森に不穏な気配が近づいていた。







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