下巻

□不穏な足音
1ページ/1ページ



霙雪の降る12月のクリスマスイブ。







その日は突然にやって来た。
ハルが自室で本を読んでいる時だった。



一階のリビングから物凄い音と叫び声が聞こえる。



「きゃっ、!何!?」



ハルは慌てて自室を飛び出し、階段をぱたぱたと駆け降りた。




リビングの扉を開け、ハルが目にしたのは、












「な、なに…してるんですか…!」








思い切り殴られたのか、キョウイチは口元から血を滲ませている。


殴ったのはミヅキのようだ。








「ちょ、どうしたんですか!キョウイチさん、大丈夫ですか!」




慌ててキョウイチのもとに駆け寄る。



「あ、あぁ、平気や」


と、彼は笑顔を見せるが、相当痛そうな傷だ。




「今手当しますから」


「えぇって。こんなん。唾つけてれば…」


「でも」


ハルが言いかけた途端、



「ええ言うとるやろ!」




と、キョウイチが大声を出した。


「ご、ごめっ…なさ…。私」




動揺するハルに、ハッしたのか、キョウイチは慌てて、



「あ、す、すまん。ハルちゃん…、ごめん」



そう申し訳なさそうに謝った。






一体何が起きたというのか。
ハルが訊こうとすると、ミヅキが口を開いた。




「おいアホ子、お前自室に戻ってろ」


「え…、私、訊いちゃいけない話なんですか?」



「…」




ミヅキは口を閉ざす。







その様子を見たセラトは、



「いーんじゃないの?ここ居れば?あんたにも関係ある話だし、結構重要だから」




「え…、私に?」



「そ。ま、座んな」


「はい…」






ぴりぴりする空気の中、ハルはリビングの椅子に腰をかけた。





「おい、キョウイチ。ちゃんとアホ子にも説明してやれよ、思わず俺が手ぇ出ちまうような、反吐がでる話をさ、なぁ」



「…」



「キョウイチ、早くしろ!時間ねぇんだよ!」




ミヅキの大声にハルは首を竦める。





「おい、怖がってんだろ」


セラトがミヅキに言う。



「うっせーよ!だから自室居ろっつたんだ!」





ミヅキは気が立ってる。




「だ、大丈夫…私、大丈夫ですからっ…。キョウイチさん、お話訊かせて下さい。お願いします」






ハルの問に、キョウイチは暫く沈黙したあと、ぽつり、ぽつりと口を開いた。









「…ワシの仕事の話や…」




「仕事?」






ハルは訊き返した。その時ふと、キョウイチが「ヤバイ」仕事をしている事を思い出した。







「せや。その仕事でな、ちょっとしくじってしもて…ここに居られんようになるかも知れんのや」





「え…そんな…でも、ちょっと待ってください、キョウイチさんのお仕事って一体…?」





唾を飲む。キョウイチは静かに答えた。







「殺し屋の代行や」


「殺しの…代行…」



「そうや。手が回らん 腕利きの殺し屋に代わって、ワシが殺し、金を貰う」



想像も付かない事だった。



「あの…それで、しくじったって、何をですか?」






「あぁ、その日は依頼通り ターゲットを始末したんや。けど」



「けど?」






「そのターゲットは囮でな。殺し屋が警察に買われとったみたいで。ワシを捕らえる罠だったらしいわ。ばっちり指紋も。…姿も見られてもうて、警察は身元を血眼で探しとる…」




「…そんな」



「それと、もう一つ、悪いお知らせや」




「?」







キョウイチは冷や汗を流した。









「実は今、ハルちゃんに捜索願がかけられとる」



「えっ…!」



「数か月前から姿を消したハルちゃんの行方を警察が追ってんねん。最初は捜索範囲も広なかったけど、今週中にはもう、この森も捜査範囲内になる思う…」







「…」





「そうしたら、もうここへは居られへん…、明日にでもここ抜け出さんとあかんねん」





頭を抱えるキョウイチの胸倉をミヅキは掴んだ。




「だからってよ!なんでお前と一緒に俺らも臭い飯喰わなきゃならねぇんだよ!ふざけんな!とんだヘマしやがって!」





「…堪忍や!ミヅキ!みんな、ごめん!」









どうすればいいのだろうか。





ハルは自身に捜索願が掛かっている事をこの時初めて知った。

数か月前なれば喜んでいた話だが、何故かその気持ちは嘘のように消えている。



今はどうしても、彼らと一緒に居たい、そう思ってしまっているのだ。
彼女の、彼らや恐怖への感覚はこの時完全に麻痺していた。






「み、ミヅキさん!やめて、私もう嫌なんです!」




「ああ!?」





ハルの目にはうっすらと涙の膜が張っている。



「…アホ子?」





「私、もう誰かが目の前から居なくなるの、耐えられないんです…」



彼女はウタの事を思い出していた。



「皆ここから逃げるなら…私も…連れていって…」




「…ハルちゃん」

「アホ子…」



ミヅキはそっと、ハルを抱きしめた。





「ミヅキ…さっ…」



「お前をここに残して逃げる、なんて選択肢はハナからねぇよ。この洋館に来たが最後、ここからは二度と逃げられねぇんだから、な」



ミヅキは悪戯な笑顔をしていたが、
それは どこか優しそうに見えた。







「…はい」






すると、セラトは、飴をべろべろ舐めながら言った。



「そ。過ぎてしまった事はしょーがないからね。明日の朝にでもここ出よっか」



「ほ、ホンマ、みんな堪忍や…ワシのせいで」




「いつまで言ってんのー?ほら、キョウイチ、荷物まとめるよー」


「あ、ああ」


キョウイチはまた申し訳なさそうに返事を返した。











明日の朝、皆でここを出る。








きっと上手くいく。
窓の外はしんしんと積る霙雪。
ここから見る森の景色も今日で最後。





「どうか…上手くいきますように…」




クリスマスイブ。


彼女は、サンタクロースにそう願い事をした。




­

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ