下巻
□最後の夜
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この夜、彼女は、自分を探す捜索の手から逃げ、彼らと歩む道を決めたのだ。
明日にはここを出てゆく。
ハルは自室に戻り、窓の景色を眺めていた。
「ここから見る雪景色、結構気に入ってたのにな…」
すると、
コンコン、とドアをノックする音が聞こえる。
「はい…?」
ドアを開けると、そこにはキョウイチが立っていた。
「すまん、邪魔するで」
「あ、はい」
ハルはキョウイチを部屋に招き入れた。
「ハルちゃん、ごめんな。こんな事になってしもて」
何を言いだすのかと思ったら、先ほどの事を気にしているようだった。
「キョウイチさん、大丈夫ですよ。だってみんなで別のところへ逃げれば、また一緒に暮らせるじゃないですか。きっと…きっと大丈夫です」
キョウイチは、明るく振る舞う彼女の手が小刻みに震えているのに気付いた。それは、冬の寒さのせいではない。
「ハルちゃん…」
彼はハルを優しく抱きしめる。
「きゃっ…!き、キョウイチさっ、どうしたんですか」
「…震え、止まるかな…」
「え…?」
「手、震えとるやん」
そう言われて、初めてハルは自分の手が恐怖で震えている事に気付いた。
「あ、平気です…、こんなの、んっ」
キョウイチはハルを強く抱きしめた。
「…アホか、ワシもちょっとビビッてるっちゅうのに、ハルちゃんが怖ないはずないやろ…」
「…」
「君の震え止まるまで、今日はずっとここにおるから…」
「…はい」
「…君の事は、ワシが守る。絶対」
「…はい」
ハルは小さく頷いた。
ハルとキョウイチはベットに横になり、再び彼はハルを抱きしめる。
すると、ふいに、
「ハルちゃん…」
「はい…?」
「ハルちゃん、ええ匂いやな」
「えっ、そうですか…香水とかつけてませんけど…」
キョウイチは、ハルを抱きしめたまま彼女の匂いを嗅いだ。
「昔、ワシの大好きだった人の匂いに似とる…」
「キョウイチさんの…好きな人に…?」
「その人も、こんな風に優しい匂いしとったんや…春みたいな、優しいええ匂い…」
「…キョウイチさん…?」
暫くすると、キョウイチのハルを抱きしめる腕の力が緩んでゆく。
「…キョウイチさん?…寝ちゃったの…?」
返事はない。
彼はハルを抱きしめながら静かに眠りに落ちていた。
すると寝言なのか、彼の口から、
「センセ…ごめん…」
と、小さな声で呟かれる。
「…?」
キョウイチの閉じた瞼からは、一筋の涙が、月明りに照らされ青白く光っている。
ハルはキョウイチの頭を優しく撫でた。