A guilty

□A guilty
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 フィンランドの首都、ヘルシンキ。
そこから西へ少し離れた郊外に、フィスカルスという町がある。
フィスカルスは、自然に囲まれた穏やかな町で。
空の青が揺れるように映る湖に、澄んだ空気が緑の匂いを運んでくる。

 ここはフィスカルスの町の外れ。
丘には一軒、大きな屋敷がある。
屋敷に住むのは首都、ヘルシンキで有名な総合病院を設立した、コルホネン家代々の屋敷。

庭には、噴水の水しぶきが、今にも虹を作りそうだ。
なんでも設立者から代々、自然を好むようで、首都から離れたこの町に屋敷を構えたとか。

私が、この屋敷に執事として仕えて早十二年。
肌や目の色、国籍など気にもせず、人が良いコルホネン家の人々には執事としてではなく、今や家族のように良くしてもらっている。

そんな大きな屋敷に住んでいるのは、屋敷の主とその奥様。
それに、設立者の息子にあたる、今は現役を引退したご隠居。その三人。いや、もう一人。


「サカキ」


ふいに名を呼ばれ、ハッとする。
先程から何度か呼ばれていたのだろうか。
目を合わせると、怪訝そうな顔つきで、少年は緑の目を覗かせていた。


「申し訳ございません」
「どうした、窓の外など見て。野鳥でもいたか」


と、そう問うのは、コルホネン家の跡取り息子である、十二歳の少年、アラン・コルホネン。
彼は子供らしくオレンジジュースを口にしていた。


「いえ。もう、桜が咲く季節なのだと思いまして」
「サクラ?」


小首を(かし)いだアランに、私は咄嗟に言葉を繋いだ。


「失礼いたしました、キルシッカの事でございます、日本ではサクラと。そう呼んでおりましたので」



すると、彼は「ああ」と頷いた。


「サカキは、サクラが好きなのか?」
「え…?」


そう聞かれ、私は再度 窓の外に目を向ける。
そうして少し考えたあと、「そうですね」と続けた。


「アラン様の唇のお色に、良く似ていたものですから。つい見入ってしまいました」


その答えに、アランは白い肌を赤面させた。


「お、お前はなんでそう。日本人の癖に、すぐ歯の浮くようなセリフをいう」
「ご気分を害されましたか?」
「…だから。そういうことじゃなくて…」


アランは顔を俯かせた。
ふと開いた窓の隙間から、桜の花びらが一枚、ひらりとやってくる。
しばらくしたあと、彼が口を開いた。


「サカキ」
「はい」


それはまるで、桜を揺らす風にすら消えいってしまいそうな、小さな声で呟かれる。


「抱っこ」
「かしこまりました」


ああ、どうしてこんなにも愛しいのだろう。


「ただし、ご主人様がお帰りになるまでですよ?」
「そんなことは分かってる。少し仮眠をとるだけだから」
「はい、お休みなさいませ」


腕の中の温もりが、幸せと同時に胸を締め付ける。



もしも、君を愛することが罪ならば、
私はいつか報いを受けるのだろうか。



「おいサカキ」
「…?」
「お前の唇も……サクラの色に良く似ている…」
「お眠りになられたと思っておりましたのに。これはこれは」
「…うるさい。寝言だ…」



しかし、その罰を受けるその時まで。
私は君を愛すことをやめないだろう。




―A guilty
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