A guilty

□凍りついた熱
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「言っただろう、風邪を引くと」

ぬるくなってしまった氷枕を変えながら俺が細くため息をつくと、サカキは黒い眉を八の字にした。

「申し訳ありません アラン様にこのような事をさせてしまって…」
「本当だな、うちの執事はお前しかいない、寝込まれては困る」

そしてサカキが口を開くより先に、

「うちが医者で良かったな」

そう何気なく放り出した言葉にサカキは少し固まった。そして、

「アラン様」
「なんだ」
「アラン様は、やはり医者を志すべきです」

またその話しか。しばらく黙っていると、サカキは言いづらそうに、重い口を開くのだ。

「…依然 私が、いつからここにいるか、と聞きましたね」
「…」

窓からは、溶けだした雪の雫が、暖かな光になってこちらを射していた。

「私は12の時に、日本で火事に遭いました。家は全焼でした。そして、私以外の家族も…」

初めて耳にする真実に、体が ぴくりとも動かせずにいた。
そうして脳裏には、いつか見た、サカキの胸にあったケロイドを思い出すのだった。

「私の父が、コルホネン医師…。ご主人様と大学次代の大変 親しい友人で。私をこうして動けるようになるまで治してくれました。さらに、身寄りのなくなった私を引き取ってくれたのです」

「…」

「この命は、あの時、コルホネン医師に繋いで頂けていなければ既にない命。私は、残りの時間を、コルホネン医師のために捧げると決めたのです」

決意を表す黒い瞳は、嘘は付いていない。本当のことなのだ。

「執事になったのは?」
「自らです。決して強いられたわけではありません。ただ置いて頂くには あまりにも裕福すぎると思いましたので。体が完全に動くようになってからはこうして仕事をさせて頂いております、まあ、こうしていられるのも、私には裕福すぎる事なのですが」

苦笑したサカキは目を伏せた。

「ですから、アラン様にも、ご主人様のような立派な お医者様を目指して頂きたいのです。それが、ご主人様たっての希望であり、その希望が私自身の夢なのです」

勝手な事を言う男だ。

「なら、俺はお前の夢を叶えることは出来ない」
「……アラン様」
「俺の夢は、サカキと一緒に日本へ行くことだ。初めて出来た夢を、お前はコルホネン家のしがらみがある限り、きっと叶えてはくれないだろうし、俺も、お前に夢を見させてあげることは出来ない」

どんな顔をして話せばいい。
言いたい事はこんな言葉ではないのに。
ただ、お前と一緒に居たい。
朝も夜もキスをして、ずっとその暖かな手で包み込んで欲しいのだ。
日本へ行って、お前の見てきた世界をこの目にも映してみたい、ただそれだけなのに。

どうして伝わらないのだろう。
どうしてだ。

「…アラン様!」

気づいたら、サカキに背を向けていた。

「どちらへ行かれるのですか」

ベッドから身を起こしたサカキに、俺は、

「日本へ行く」

部屋を飛び出した。



 



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