隣のスラップスティック!
□最終章
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秋成はこの日、早めに仕事を切り上げ自宅のアパートではなく桐野峰第三高校へと車を走らせた。
鈴木に言われた《他に男がいる》という冗談のような不安を自分の目で見て確認したかったのだ。
「…浮気とかはねえと思うけど、やっぱ確認したいっつーか安心したいっつーか…」
それが分かれば、隣太郎が最近なぜよそよそしい態度を取るか分かるかもしれない。
そんな独り言を言いながら、秋成は高校の裏門に車をつけた。
暫くすると、生徒が一人、また一人と校舎から帰宅する姿が見え始める。
衣替えの時期といってもまだ十月だ。動くと暑いのだろう、生徒たちは紺色の上着を脱ぎ、ワイシャツになって歩くものが多い。
そうしていると、
「(あ…)」
背が高いひときわ目立つ年下の恋人、隣太郎が、きちんと制服の上着を着ながら裏門から出て来るのを見つけた。
声を掛けようと車のドアに手をかけようとした瞬間、誰かが隣太郎を呼び止めたのだろう。
隣太郎は後ろを振り向き立ち止まっている。
そして、隣太郎に近づいてきていたのは、
「(あれは…)」
いつかの参観日の日に見た男子生徒、菊池 素直だった。
二人は楽しそうに笑いながら秋成の車に背を向け歩き出している。隣太郎は冗談を言っている菊池の頭をこついていた。
「(…)」
何故だろう、隣太郎の笑顔やその手の暖かさが、思い出せない。
□□□
その日の夜、いつものように隣太郎は秋成の部屋に来て夕食を作りにきてくれている。
秋成は学校の裏門で仲の良い二人を見たことを聞けずにいた。
「あれ…」
そういうと、隣太郎は朝に秋成へ作った弁当のおかずが残っていたことに気付いた。
鈴木に冗談を言われてから真偽を確認するまで食欲がなく、御飯が喉を通らなかったのだ。
「あ、悪い…食欲あんまなくて」
「そうですか…じゃあ、何か胃に優しいものでも作りますね」
そう苦笑する隣太郎に秋成は、
「いや、今日は飯いいや」
「え…?」
今の下りはまずかっただろうか。
「あ、お前も疲れてるだろうしさ、たまには自分の時間も大切にしたらどうだ」
と、付け加えてみる。
決して一緒に居たくないわけではないし、寧ろちゃんと話あいたいのだが、自分とではなく、菊池と楽しそうに笑う隣太郎を見て、今日は一緒の空間にいるのが辛く感じてしまう。
時計の秒針が長く聞こえる程の沈黙が続いたあと、隣太郎は苦しそうに笑った。
「秋さん、俺の事、好きですか?」
どくん、と心臓が飛び跳ねる音が聞こえる。
秋成は必死に言葉の意味を理解しようとした。
《好きですか?》
意味が分からなかった。こんなに短い言葉なのに、胸がひりひりと痛む。秋成は細い唇を開いた。
「好きじゃないって、言ったらどうすんだよ」
違う。
「別れんのかよ、」
違う。
「で?別れて他の!元恋人のナントカ君と付き合うっつーのかよ…!」
違う。言いたい言葉はこんなんじゃないのに、棘のあるようなキツイ言葉しか出てこない。
「秋さん、落ち着いてください…!俺っ、」
エプロンをしたまま、キッチンから隣太郎が駆け寄ってくる。
「いいじゃねえか、お似合いだよ!お前もまんざらじゃねえんだろっ、」
そう言って、駆け寄ってきた隣太郎を見上げると、
「(…っ、なんて顔すんだよ)」
目に映るのは、眉を八の字にした苦しそうな隣太郎の姿。
「秋さん、」
「…」
「本当にそう思ってるんですか…?」
「…」
「分かりました、色々ご迷惑かけてすいませんでした」
そう言って、隣太郎は隣の二〇二号室へと戻っていってしまった。
「(…バカか…違うだろ、)」
あんな顔をさせたかったんじゃないのに。
心にもないことを言ってしまった。
「(俺の大馬鹿…)」