Kiss in the dark

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「オェっ…」

 崩れるように膝をついたナナコは胃の中にあった物を全て吐き出す。止まらない嗚咽。苦しい。気持ちが悪い。狂気。殺意。様々な感情が入り交じり、生理的に涙がにじみ出る。
 胃の中が空っぽになって、胃液が出るころには、幾分か気分も落ち着いた。立ち上がるのも億劫に感じる。四つん這いで移動すると、壁に背をつけ座り込んだ。

「……」

 人様の家で何をやらかしているのか自分。なんて思うが、彼らはまともな人ではないから気にしないだろう。
 村に入ったナナコに突き刺さる複数の視線。ビリビリと感じる殺意は5年前の故郷での悲劇を思い出させ、すぐにこの村が正常ではない事を理解した。
 ブオンブオン。不気味な音が聞こえる。
 目の部分をくり貫き麻布を被った男はチェーンソーを振りかぶる。ナナコにはその男が笑ったような気がしてならない。即座に踵を返し、脱兎のごとく走り出す。

「っ!!」
「iOs voy a romper a pedazos!(八つ裂きにしてやる)」

 まさに四面楚歌。四方を囲まれ立ち止まるナナコの顔すれすれに何かが通り、目の前の村人の脳天に突き刺さって、その何かが鎌だと理解した。
 チェーンソーの男がナナコに集ろうとする村人を邪魔だと言わんばかりにチェーンソーを振り回し、切り刻んでいく。眼下でただの肉塊になっていく村人。恐怖に支配された体を奮い立たせ、逃げ出したナナコは民家になだれ込んだ。

「……」

 ペットボトルの水で口をゆすぐ。嫌に焼き付いてしまった音は当分、耳から離れないだろう。


「キャー!!!!」
「こいつらなんなんだよ!!」
「う、腕が!!」
「ナナコ!!逃げろっ!!」


「っ……」

 月日が経っても、気持ちの切り替え方を覚えても、恐怖は消えることはない。忘れたふりをしていただけで。ぶり返した恐怖に自分を抱き締めるように腕を体に巻きつけた。

PPPPPP…

「……」

 服と一緒に支給された携帯をスカートから取り出す。
 子息救出なんて自分にはできない。何もかも投げ捨てて逃げてしまいたい。今からでも遅くない。任務を断ろうと携帯を開いたがメールだった。
 

『佐波雅博。皇族の隠し子である。父親の名は伏せておく。しかしDNA検査で子息である事は断定済み。なお父親が発言を避けているため、母親は不明。佐波は母親の姓。ある情報網から我々は十年前に佐波を発見。それ以来、監視を続けている。
 どのようにソレを手に入れたかは不明だが、佐波は国家の機密情報をUSBメモリーに複製し、持ち出した可能性が高い。即時に佐波雅博を保護せよ。
 現在の佐波の状況は好ましいものとは言えない。我々の情報が間違っていなければ、バイオハザードに巻き込まれている。よって佐波の保護は「C.I.B.O」の者に命ずる。』


 メールを読み終わった直後に携帯が鳴った。

「はい。ナナコです」
『今回、貴女をサポートするペペ・アラーニャです』
「サポート?」
『メールは読んで頂けましたよね』
「読みましたけど…」
『では、今後の予定を。佐波がUSBメモリーを所持していない場合は、メモリーを優先させてください。佐波保護はその後です』

 突然、電話してきたペペと名乗る男。理解不能な単語ばかりで不安に押しつぶされる。

「言っている意味がわかりません!!そもそもC.I.B.Oってなんですか!?」
『ッッ……。叫ばないでもらえますか…耳が痛い』
「……」
『はぁぁ…。何も聞かされていないんですね。面倒ですけど、後で喚かれるのも少々厄介だ。今、説明しますよ』
「っ」
『警察庁に国テロがあるのは知ってますよね』

 警察庁警備局国際テロリズム対策課(C.I.T.D)を通称「国テロ」という。文字通り、世界でのテロや紛争を対応する組織だ。その組織には裏の面があり、それが「C.I.B.D」国際バイオハザード対策課。C.I.B.Oを知っているのはごく一部の人しかおらず、その組織に入っている人物さえも詳細を知らない。

「私、そんな課に入った覚えありません」
『条件を満たすと勝手に入れられるんですよ』
「条件?」
『さぁ、それは僕も知りません。僕も勝手に入れられましたからね。あ、ちなみに僕は日本人とスペイン人のハーフです』
「……。今言う必要あるんですか」
『ないですね。で、他に何か聞きたいことは?』
「……。官房長は、子息がバイオハザードに巻き込まれたことを知ってて、私をここに派遣したんですか」
『はい』
「……じゃぁUSBメモリーって」
『……。賢い選択は首を突っ込まないこと…。ああ。貴女に拒否権なんてありませんから。早く仕事に取り掛かってください。』
「……」
『安心してください。発砲許可なら出てます。では、また1時間後…』

 事務的、なおかつ他人事のように話し、一歩的に電話を切ったペペになんとも言えない気持ちに。家の外は地獄だ。自分が生き残って帰る為にも任務をまっとうしなければならない。震える体を押さえつけ、ナナコは立ち上がった。



人を殺す

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