Kiss in the dark

□13
1ページ/1ページ



 ボートに乗り込んだレオンに背を向けて歩き出したナナコ。返事をしない自分に、レオンもいなくなると薄々感じているだろう。
 離れるチャンスはこれ一度きりかもしれない。湖と距離が出来れば出来るほど募る罪悪感は胸をグッと掴み、呼吸をしづらくさせる。まるで恋をしているような……。

「っ…馬鹿じゃないの、私…」

 吊り橋効果、という言葉がよくあるではないか。恐怖心と恋心をはき違えるな。戒めのように囁いたセリフは胸に突き刺さった。

「はぁ…」

 子息の居場所はわからないし、USBメモリーの在り処も。レオンと共にいようが、一人で行動しようが、先が見えない現状は変わらない。

 PPPP…PPPP…

『進展はありますか?』
「何も…」
『そうですか。………あなた自身で変わったことはありませんか』
「私ですか?いえ、特に…」
『身分を明かしたりしていませんね?』
「してません。何故、そんなことを聞くんですか」
『警視庁のデーターベースに問い合わせがありました。ナナコという女はいるかと』
「っ!?」

 スカート云々の事件は関係なしに。墓地あたりから、どことなく気まずい空気だった。もし正体が、そのときにバレていたのだとしたら、レオンの態度が納得できる。

『ターゲット以外の人間には近づかないでください』
「それって合衆国のエージェントに近づくな。そういう意味ですよね」
『……』
「沈黙は肯定ととります。……。教えてくれませんか。私には知らないことがいっぱいで…。私は刑事の前に警官です。人命より大切なものはありません。USBメモリーを子息より重要視する訳を教えてくれませんか」
『余計な詮索は無用です。貴女は命令通りに動きなさい』
「っ」

 どんなに温厚でも、今の言葉には頭に来る。

「現場(ココ)にいるのは私なんですよ?!」
『貴女の欠点は感情的になりやすい、と聞いていましたが本当ですね。貴女の意見は聞いていません。物事を冷静に視なければ、遂行できるものもできなくなります』
「っ!!あなたに言われなくてもそれくらいわかりますっ!!現場にいる者勝ちですよ」
『何を訳のわからないことを…』
「勝手に動かせてもらいます。あぁ、任務はちゃんとこなしますからご心配なく」
『ナナコさブチッ

 感情的になりやすいのが欠点なのを、自分でも重々承知している。それでも、他人に指摘されれば余計に腹が立つ。
 湖から離れていた足を方向転換させ、湖畔へと向かう。まずは、レオンに謝らなければ。

 タイミングが良かった。ブブンッとエンジンを唸らせながら、ボートが湖畔に戻ってきた。湖での死闘を知らないナナコは、もたつきながらボートを降りるレオンに動揺が隠せない。

「レオンさんっ」
…エ…イダ…?」
「えっ…」

 うめき声と吐血。ナナコは前かがみになったレオンに駆け寄り、支える。誰かの名前を呟いた後、レオンは気を失った。

「……。取り敢えず、どこか休める場所は…」

 近くに小屋を発見。レオンが重く、まともに安全確認をしないで、小屋に入る。もともと空き家なのか、どうかは知らないが、住人と鉢合わせ、襲われる。最悪な事態には至らなかった。
 レオンをそっと床に降ろし、ナナコは扉に閂をする。万が一、村人に襲われても、通路は一方しかないから、何とかなるだろ。レオンの濡れた体を手持ちのタオルで拭き。そのタオルを枕代わりに、後頭部の下にひく。

「うっ…」

 濡れた衣服が体温を吸うのか。レオンは寒さに体を震わせる。

「……」

 レオンは上着をどこにやったのだろう。ナナコはしばらく考えた後、ブラウスに手をかけた。上着がないかわりに、ブラウスは厚めに出来ている。冷たい、とまではいかないが、生ぬるい風がナナコの素肌を撫でた。
 レオンの身体にブラウスを掛け、下着姿のナナコは、膝を抱えて座り込む。腰を落ち付けると、蓄積した疲労が睡魔を誘う。
 眠気覚ましにと、タバコを取り出した。

「……ジッポーがないっ!?」

 道の途中で落したのか。どこを探しても、ジッポーは見つからない。ここを出て探しに行っても見つかる可能性は低い。

「最悪…」

 ジワリと浮かぶ涙。膝に顔を埋め、タバコを握りしめた。






痛い…

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ