大伴一志の章

□章間〜雨の降る町〜
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翌日、私は葦津町に向かった。

封印の儀を行うにしても、先延ばしにするにしても見ておきたかった。

一志と一緒に生まれ育った町を。

もう一度...

浩輔「もうすぐ着くよ。」

今日は、浩輔が一緒に来てくれている。

「うん。」

本当は一志と来たかったけど、今は出来ない。

電車を降りると懐かしい潮風の匂いがした。

浩輔「緊張感してる?」

ふと横から浩輔が私に声をかける。

「うん、少し。不思議だね、あれからそんなに時間は経っていないはずなのに、随分と昔にここを出た気がする。」

私がそう言うと浩輔は何も言わず頷いてくれる。

浩輔「さ、行こう。帰りが遅くなるといけない。」

そう言って浩輔は私の前に手を差し出す。

こういうところはやっぱり御曹司なんだなって思いながら、私は浩輔の手を取った。

駅を出て先ず始めに自分の家に行ってみる事にした。

平日の昼間なら、誰にも会わずに家を見れるだろう。

駅からの歩き慣れた道を下る。

私の家は変わらずにそこに有って、表札も“橘”である事を確認した。

「よかった、私の家があって。」

浩輔「うん。」

「もしかしたら、私が消えた事で恵や友哉も居なくて、もしかしたら、橘の家も無くなってたらどうしようって不安だったの。」

ふう...。

私は大きく息を吐いて話を続ける。

「よかった、お父さんの名前も恵の名前も友哉の名前も、ちゃんとある。」

私は少し笑って郵便受けに書かれた名前を指で撫でる。

「一志の家の前も通っていい?」

浩輔「もちろん。行こっか。」

それから私は浩輔に葦津町を少し案内しながら“大伴酒屋”へと向かった。

一志母「葵〜!店番お願いね!」

店の近くに来ると一志のおばさんの声が聞こえてきた。

「葵...って一志の一番上のお姉さんだ。」

葵「お母さん、鈴村のおじさんとこも忘れないでよ?」

一志母「分かってるよ!」

そう返事を返しながら、おばさんは軽トラックに乗り込む。

すると、荷台に酒瓶を載せたおじさんが運転席に乗り込んで二人で配達に出掛けて行った。

相変わらず元気のいいおばさんに何だか笑ってしまった。

すると、店から顔を覗かせていた葵ちゃんと目が合ってしまった。

不思議そうに見ていたけど、私ペコっとお辞儀をして通り過ぎた。

すると、浩輔が私の手を握ってくれた。

浩輔「一志の代わりにはならないけど。」

「...うん、ありがとう。」

私は浩輔の優しさに少しだけ甘えて、手を握り返した。








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