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□優しい夜
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夕方の一騒動もおさまり、飛空艇はひそやかな夜の闇に包まれていた。
リルムはそうとう疲れていたのか、エドガーに子守唄をねだったにも関わらず、繰り返しを待たずに寝てしまった。
ロックは隣で眠る彼女に毛布をかけてやり、自分も横になって背中を叩いてやる。
リルムは安心しきった寝顔をしていた。
心地よい静寂と、ランプのほのかな灯りと、温かな人の気配。
それに今日は歌声も加わって。
「いつまで歌ってるんだよ」
リルムが眠っても歌をやめないエドガーに、ロックは背を向けたまま言った。
落ち着いたテノールの声が止まる。
「お前が寝るまで」
「俺?」
怪訝にロックは首だけ少し動かした。
エドガーはベッドに腰かけ、膝の位置で両の掌を組んでいた。
背を丸めてリラックスした姿勢は、彼が国王だという威圧的な感じはまったくなかった。
一人の男としてロックに語りかける。
「まだ、自分を許していないのだな」
ロックはリルムをあやす手を止めた。
「フェニックスの洞窟で、少しは吹っ切れたのだと思っていたが」
リルムの話で、自責の念から逃れられない彼がいることをエドガーは知る。
彼の闇の部分が形成されているのは、過去の恋人とのことが大半を占めているとエドガーは思っていた。
それは伝説の秘宝、フェニックスの魔石で決着がついたはずなのに。
だがエドガーの思い込みだったようだ。
彼は自分を許していない。
エドガーはそんなロックが少なからず心配であった。
「なぜそんなに自分を戒める。彼女はお前を責めてなかっただろう?」
問いかける声は柔らかい。
それが返ってロックの癪に触った。
ロックはエドガーに見えぬよう、眉を寄せた。
彼にとってはあまり触れて欲しくない話だ。
しかし、自分を気にかけてくれていることは分かっていたので、ロックも静かに受け止めた。
答えられるだけの範囲で答える。
「彼女が責めていようがなかろうが関係無い。俺は俺が犯した罪を忘れたくないだけだ」
「それでは彼女が可哀想だ。お前の幸せを望んでいたではないか。何のために彼女は幻獣に想いを込めたんだ」
「分かってる」
「それではいつまでたっても、心から人を愛すことは出来ないぞ」
「分かってるよ」
ロックは苦く吐き捨てた。
そんなのは百も承知だった。
震えそうになる声をこらえて、一度言葉を飲み込む。
「ただ、思い出にするのには時間がかかるだけだ…」
ロックはリルムの背中を叩いていた右手を握りしめた。
「…随分とかかりそうだな」
エドガーはロックの背中に微笑み、肩をすくめた。
頑なな姿勢は変わらないようだ。
エドガーは音を立てぬよう、ベッドから立ち上がった。ロックに歩みより腰を屈める。
かすみがかった月を思わせる灰銀の髪をすき、唇を寄せた。
いつか穏やかな思い出となる日が来ることを願って、そっと口付ける。
「お休み、ロック」
耳元で囁き、エドガーは愛しく髪を撫でた。
ロックは大きな温かい手を肌に感じる。その手から彼の気持ちが伝わってくるようで目を閉じた。
「……お休み」
ロックは背を向けたまま小さく呟いた。
彼の意地らしい姿にエドガーは微笑する。ロックの髪を後ろからかきあげ、もう一度キスをした。
エドガーはランプを消して自分のベッドへ戻る。
布団に入り耳を澄ますと、ロックの寝返る音が聞こえた。しばらくして二人の規則正しい寝息が、エドガーの耳に届く。
エドガーはどこか安心して息をはいた。
安心すると急に目蓋が重くなる。体の欲求に従って、素直に目を閉じた。
エドガーは知らず、祈るように胸で手を組んでいた。
心地よい眠気にまどろみながら、ロックのことを想う。
いつか心から笑える日を。
心から人を愛せる日を…と。
END.
2ページ目はあとがきになります☆