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□証
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その日は、ひときわ静寂な夜だった。
夜空には雲ひとつなく、丸い月が神々しく輝いていた。
耳につくような風もない。
実際にはいつもと変わりないのだろうが、彼らを取り巻いている不安や緊張が、闇を静かなものにさせていた。
決心をしていても、それぞれ心に浮かぶ負の感情は拭い切れなかったのだろう。
魔大戦前日。

「彼女と話してきたのか?」

深夜、寝室に戻ってきたロックにエドガーが声をかけた。
彼は寝ておらず、ベッドに腰かけて月明かりの中物思いにふけっていたようだ。
ロックがセリスに呼び出されてから数十分。自分が部屋を出ていったときと変わらない状態でいるエドガーに、ロックは少し驚く。

「まだ起きてたのか」
「寝付けなくてな」

エドガーは苦笑した。
ロックは自分にあてがわれたベッドに、エドガーと向かい合って座った。視線は合わせず、床に落とす。
そのままベッドに入らなかったのは、ロックもエドガーと同じ気持ちだったからだろう。
身体が変に興奮して眠れない。

「彼女はなんて?」
「とくに会話はなかったよ」

ロックは先ほどのことを思い出す。
彼女の儚げな表情。
側にいるだけで、心の底にある不安が伝わってきた。
普段はあまり見せることのない弱気な彼女をロックは抱き締めた。月に照らされた金の髪が、綺麗だと思った。
会話はなかった。
彼女が心細さを口にすることなく、ロックが慰めの言葉をつむぐわけでもなく。

「ただ、約束させられたな」
「どんな?」
「生きて帰ろうって」

ロックは薄く笑って目を伏せた。

「そうか」
「女って、約束とかそういうの好きだよな。かわいいけど」

こんどは困ったように笑う。
照れ隠しに頭をかくロック。
そんな彼をエドガーはじっと見つめた。
暫くの沈黙のあと、エドガーは低く呟いた。

「別に女だけじゃない」
「え?」

不意に言われた言葉に、ロックは顔を上げた。
エドガーの、真剣な眼差しとぶつかる。

「約束や誓いが欲しいのは、女だけとは限らないだろう?」

険しい表情でエドガーは告げた。冗談や悪ふざけからくるものではない、本気の声音。
冷静で威風堂々としている彼からは想像できぬ、らしからぬ発言だった。
不安に思っている人間がここにもいた。
それほど明日の決戦は、今まで以上のプレッシャーを彼らに与えていた。
エドガーはゆっくり立ち上がり、ロックへと歩み寄る。
左手で頬を撫で顎を捉え、上を向かせて口付けた。
それはすぐに離れ、真っ直ぐとロックの瞳を射抜く。

「お前と繋がっている証が欲しい」

エドガーは本音を隠さなかった。目には辛苦の色が滲み出ている。
ロックはエドガーを見上げたまま無言でいた。
月明かりに金の髪が映える。彼女とは違う、緩やかな癖のついた長い髪。
だが、綺麗だと思った。
髪も整った顔も精悍な体つきも、すべてが美しいと思った。
彼女には持たない、別の感情がロックを支配する。
好き、や、愛してる、などの言葉では片付けられない複雑な想い。彼に弱くなったのは、いつからだろうか。

「ロック?」

何も答えないロックに、エドガーが怪訝な顔をする。
名を呼ぶ声でさえも何だか弱気に感じられて、ロックは小さく笑った。

「参ったな…。お前、案外ロマンティストだったんだ」
「いけないか」
「…いや?」

ロックはそれ以上語ることはせず、代わりにエドガーの身体を寄せて唇にキスをした。
ロックにしては珍しい、慈愛に満ちたキスだった。



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