03

□アフター「その男、単純につき」
1ページ/6ページ

「野坂、」
「はい、何でしょうか圭斗先輩」
「菜月さんて、偉大だと思わないか」
「そうですね。普段からも思っていますが、今この瞬間に関してはさらに強く思います」

 MMP史に深く刻まれただろう「胃袋は人間の宝だ!第1回うまい棒レース」の後、村井サン発案でやってきたステーキハウス。何故この戦いの後でステーキハウスなのだという思いも、食べきった大量のうまい棒に押し潰されて声になることはなかった。
 目の前で、サラダバーの豆腐サラダを物憂げにいただいている圭斗先輩も、建物じゅうに漂う肉の香りに食欲を削がれている。俺は俺で、食欲自体はそれといって普通だけど、たこ焼き味のおかげで傷が付いた口の中。思うように物を食べることが出来ずにいる。

「野坂も圭斗も、全然食べてないねー」
「いや、僕たちの食べた量を見てましたよね村井サン」
「見てた見てた」
「正直僕は今、村井サンへの殺意でいっぱいです」
「いいじゃん、圭斗には俺のポケットマネーから賞金出てるんだから」
「そういう問題ではないです」

 かのうまい棒レースは、圭斗先輩が55本のうまい棒を平らげて見事優勝された。時間という縛りの中で、水分を摂らずによく閉め切った夏のサークル室でそんなことをやったなあと今となっては思う。
 何をこんなバカなことを、と思うけど、そんなバカなことにマジになってしまった俺もナンダカンダでこのサークルの悪乗り、所謂「ムライズム」に取り込まれているのかもしれない。

「言っちゃなんだけど、間食してないからね俺」
「まあ、見てるだけでしたからね」
「トゲがあるなあ〜圭斗」

 圭斗先輩の隣で250グラムのハンバーグを食そうとする村井サンの様子がこのテーブルではとても違和感がある。いや、店全体においてはそれが普通なのはわかってる。
 俺はそれが食べたくて仕方ないけど、鉄板にソースが跳ねて美味しそうな音を発している様子からするに絶対熱い。危うきには近寄らず。いや、本当は食べたいけど! 熱が加わって匂いも立つから余計に美味そうなんだって…!

「野坂、すごく物欲しそうな目をしてるな」
「目の前で肉を食べているのを見てるだけっていうのは拷問ですよ」
「野坂も頼めばよかったじゃん」
「熱いものを食べると間違いなくダメージが残るんですよ」
「たこ焼き味の後遺症ってヤツか」
「はい」

 すると、後ろからふわりと甘い香り。これはサラダバーにある黄桃のシロップの香り。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ