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□星空歩く よるさんぽ
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「マイク下ろしました。あとはM5からのジングルです」
「はーい」

 収録中の昼放送は、30分の枠が埋まるまであと2分半。エンディングトークを終えて肩の荷を降ろした菜月先輩は、番組の最後を飾る音楽に耳を傾けている。
 今日のテーマは「よるさんぽ」というものだ。表記がひらがななのもおそらくは菜月先輩のこだわりだろう。1週間前にいただいた選曲リストにも、番組のテーマはそう記されていた。
 トークの内容は「なっちさん」らしかった。なっちさんのトークは、日常の中で気になった些細なことを羽のように軽く、風のようなさわやかさで、海のような広がりを持っている。
 トークには毒の成分も少なからず含まれているけれど、致死量には至らない程度だ。そろそろ感覚が麻痺しそうだけど、限度を越えたらミキサーとしてそれを正すのが俺の仕事でもある。

「フェーダー下げました、今回の録音時間は30分00秒です」
「おっ、ぴったりだな」
「菜月先輩、借りていたCDです。ありがとうございました」
「どーも。それじゃあ、これが次の分だ。よく聞いといてくれ」
「わかりました」

 来週火曜日にオンエアされる「よるさんぽ」分の音源を返却すれば、それと入れ替わりで再来週火曜日オンエア分の音源をもらえる。そうやって前々からしっかりと準備していただけるのは本当にありがたい。
 トークテーマがあらかじめわかっていれば、俺もそれに沿った選曲をすることが出来る。それに曲がわかっていれば、曲紹介はどこでやるのか、曲自体はどこまで流すのかということを調べることが出来る。

 菜月先輩がここまでしっかりきっちりしているのはミキサーに準備をしておいて欲しいというのもあるだろうけど、きっと先輩本人があやふやな状態で収録に入りたくないからだと思う。
 こう言うと「嘘だ」とか「そんなはずない」と言われるのだけど、菜月先輩と俺のペアはとても消極的だ。打ち合わせに次ぐ打ち合わせを重ねた上で、リハーサルに次ぐリハーサルをしてようやく本番に移る。その上2人とも緊張に弱いものだから、さあ本番というときになってストップをかけることもしばしば。
 今日は菜月先輩が3回、俺が2回ストップをかけた。収録開始時刻が25分押したということだ。それでも25分ならいい方で、1時間押すことも珍しくはない。それだけ気持ちを落ち着けるのは難しい。
 菜月先輩が緊張で不安になってしまうのはまだまだ俺がミキサーとしてふがいないということだろう。相方として、どんな状況でもその身を委ねていただけるようになりたいというのが本音だ。
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