03
□サンセットサンライズ
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姿を消した彼の行方に関する手がかりが何かないかと辺りを見渡す。メールをしてしまえば楽だと思う。ただ、この静寂の中、無に近い状態で、携帯電話を手にすることは何となく違うと思った。
理由などない。何となく。それに、彼は考えることを放棄するのは嫌うだろう。結論に達するまでに至るプロセス、それも重視しなければならない。
「何か足りない……」
観察の結果、いつもなら深夜3時のおやつの名残だとか、書類や教科書なんかが山積みになって大変なことになっている彼のデスクが少しおかしいということに気付く。
おやつの名残や書類なんかはそのまま山積みになっている。ただ、不自然なスペース。長方形のような形をしていて、そのスペースには元々何かが収められていたかのような。
彼のデスクには何があっただろう、と呼び起こす記憶。いつもの空間なのに、なかなか思い出すことが出来ない。この部屋で、彼がいつも何をしているかをひとつひとつ思い出す必要がありそうだ。
なくした物を探すように、私は背中合わせの位置にある自分のデスクに向かい、背中で感じるいつもの彼を想う。そうだ、私がこうやって作業をしている中で響いていたのは、グラツィオーソ(優美に)とかブリッランテ(華やかに、輝かしく)と言うのが適した音楽たち。
振り向いてもう一度彼のデスクを確認すれば、その音楽を奏でるための道具がない。このゼミにおける彼の代名詞とも言えるキーボードがぽっかりとなくなっている。
「……「海に行く」?」
そしてもう一度よく観察すれば、パソコンのディスプレイには強粘着付箋に書かれたメッセージ。「海に行く」というそれは、彼自身のToDoリストなのか、私か徹のどちらかに宛てたメッセージなのかはわからなかったけれど、とりあえず彼の居場所がわかった。
無意識のうちに、その付箋を取り外し、自分の携帯電話に貼り付けていた。時間を確認すれば午前4時過ぎ。まだそれほど時間は経っていない。
床に目を落とせば徹がまだ夢の中だけど、それよりも今は、彼に会いたかった。キーボードごと姿を消した彼が、本当に海にいるとするならその目的だとか、理由だとか。それに至ったプロセスを訊いてみたくなった。それは、街が動き出す前でないといけないような気がした。