エコメモSS
□NO.501-600
56ページ/110ページ
■ギブ&テイク −彼らの密約−
++++
「っつーワケで飯野、今年も頼む」
「まあ、上手くいけばの話だからな」
「わかってるよ」
木曜4限後のゼミ室で交わされる密約。高崎と飯野は、レポートのための文献を引くという口実でこの部屋に残っていた。遠く聞こえるのは、外でステージ用の鉄骨を組み上げる音。
緑ヶ丘大学の学内は大学祭に向けての空気が色濃くなりつつあった。大学祭実行委員の要職に就いている飯野からすれば、いよいよこのときが近付いてきたかと。祭り好きの彼は明らかに意気揚々としていた。
「今年も例によって」
「最後まで言わなくてもわかってる。MBCC分のスペースを、情報棟前に2ブース分確保すりゃいいんだろ?」
「ああ。話が早くて助かるぜ」
「本当は厳正なる抽選で決まるんだからな、ブース位置は」
「わーってるよ」
高崎が裏で飯野と交渉していたのは大学祭で出すブースの位置だった。彼が所属する放送サークルMBCCは、毎年食品ブースとDJブースを出展している。
食品ブースはともかく、問題はDJブースだった。如何せん大量の機材を搬入するブースだけに、電力消費量が他のブースの比ではないのだ。そこで、MBCCは毎年暗黙の了解で情報棟のコンセントから電気を盗んでいる。
「本来なら電気の件にしても小型発電機を500円で貸し出してるのを使ってもらわなきゃいけないし。毎年見逃してるこっちの身にもなれよ」
「そこは俺とお前の仲じゃんか」
もちろん、このブースの位置如何で出展したブースの売り上げすらも左右してしまうのは言うまでもない。MBCCが指定している情報棟前というのは各ブースの激戦区とまで言われた場所で、人気も高い所謂「当たり」なのだ。
「で、そこまで言うからには俺にもオイシイ条件っていうのはあるんだろうな、高崎」
「もちろん」
世の中ギブ&テイク。自分だけオイシイ思いをするのは分に合わないと言わんばかりに飯野は交換条件を出すよう促す。
「あ、ステージMCをMBCCから出すってのは数には入らないからな」
「わかってるよ。俺だってあんなモンでギブ&テイクしようだなんて思ってねぇよ。まあ、大祭実行としてのお前にとっちゃオイシくねぇ条件かもしんねぇけどな」
もちろん高崎もそれをわかっていないほど馬鹿ではない。飯野にとって、何が一番効果的かもわかった上でこの交渉に乗り出している。
「条件によっちゃ、この交渉を破談にすることも出来なくもない」
「いいのか? 俺が提示してる条件は、お前が出れてない授業のノートとテストに持ち込み可のプリントなんだけど。もちろんプリントには要所要所に俺直筆のメモも入れてあるし、これがあればお前でも単位落とすこたねぇだろうな」
飯野は、お世辞にも成績がいいというわけではなく、大学祭の準備のために講義に出られないことも少なくない。彼にとって、成績優秀者である高崎がちらつかせた「講義のノート」はとても魅力的に映る。
私利私欲。そう言ってしまえばそうなるが、それほど大学祭実行委員のメンバーはこの時期、その準備に奔走している。授業やアルバイトなどは二の次になるほどには。
「是非MBCCを情報棟前にねじ込ませていただきます」
「コンセントの件もよろしく」
「もちろん」
「今後ともご贔屓に」
大学祭に向け、各々の秋は深まり始める。
end.
.