エコメモSS

□NO.701-800
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■グレープフルーツ・スカイ

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 少し前に比べて夜の訪れが早くなったなという印象。少し前までは19時頃まで明るかったのに、今ではイルミネーションが映える。

「タカちゃん、向こうの空、きれいなピンク色だね」
「ピンクですか?」

 日が落ちていく方を見れば、流れる薄い雲もその色に染められている。隣を歩く果林先輩はピンクだと言うけれど、夕焼けの常識としては少しズレがあると言うか。確かに、そう言われればそんな風にも見えなくもないけれど。

「うん。だってオレンジではないじゃん」
「少し変わった色ですよね」

 ピンクに染まった方角の逆を見れば、ネイビーが迫っていた。今のピンクの空が見られるのもきっとあとしばらくの間だろう。星も瞬き始めていた。

「空見てたらグレープフルーツ食べたくなってくる」
「グレープフルーツですか?」
「ピンクグレープフルーツってあるじゃん。ルビーグレープフルーツだっけ。そんな感じの名前の赤い実の」
「ああ、ありますね」

 今の空の色がグレープフルーツの実の色に見えるというのは果林先輩ならではの観点なのだろうか。少なくとも俺は、そう言われるまでこれっぽっちもそんな風に思わなかったし、言われなければ絶対に気付かなかった。

「タカちゃんグレープフルーツってどうやって食べる?」
「グレープフルーツですか? 俺はあんまり食べないですね」
「アタシは半分に切ってギザギザスプーンですくって食べたりするんだけど、時間に余裕があったら薄皮も剥いて、ゼリーに入れたりするんだ」
「おいしそうですね」

 食べるということをとても大事にする果林先輩だから、グレープフルーツゼリーを作るにしてもきっと大きくって、美味しいんだろうなという想像は簡単だった。それを頬張る先輩の様子が思い浮かんで何となく微笑ましくなって。だけど、何笑ってんのと問い詰められれば、言葉に詰まってしまう。
 そうこう言っている間にも、グレープフルーツ色の空がネイビーに食べられたように少なくなっていた。星やイルミネーションがより映える夜の空。夕暮れがすっと引いていく。

「タカちゃん、向こうの空、きれいな満月だね」
「満月ですか?」

 さっきまでは気付かなかったけど、ネイビーの空にはまんまるの月が浮かんでいた。煌々と光る様がきれいだ。

「月見てたらグレープフルーツ食べたくなってくる」
「またですか?」
「さっき言ってたのはピンクグレープフルーツじゃん。今は普通のグレープフルーツが食べたくなった」
「確かに、そう言われてみればそう見えなくもないですね」

 そして、そんな話をしていれば俺もまたじわじわとグレープフルーツが食べたくなっていて、その気持ちの増幅は空の色が変わるくらいのスピードで。するとどうだろう、少し先に光る看板は、スーパーマーケット。もしそこに立ち入って、グレープフルーツの香りが漂っていれば、きっといろいろな物を呼び覚ましていく。

「果林先輩、そこにスーパーがありますけど」
「すごい偶然。タカちゃん、これからグレープフルーツ大会でも開こうか」
「グレープフルーツだけを食べる大会ですか?」
「月見グレープフルーツ。十五夜には早いけど」
「せっかくなんで、ゼリーもいいですね。俺の家、確かゼラチンがあるんで作ってみたいです」
「ゼリーならある程度日持ちするしね」


end.

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