エコメモSS

□NO.701-800
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■白黒ぽっぽ

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「……鵠っち、実家で海ばっか行ってたっしょ」

 久々に会って、俺の顔を見るなり開口一番に慧梨夏サンが言ったのがこれだ。そう言う慧梨夏サンの視線は、何だか呆れたような。そんなような物が含まれている気がする。

「って言うかね、鳥サブレの箱の黄色が異常なほど眩しいんですよ」
「確かに鳥サブレの箱は激しい原色っすからね」
「そうじゃなくて鵠っちが焼けすぎ」
「ああ、そういうことすか」

 向島に戻ってきて、まずはサークルへ。配り歩くのは地元土産の鳥サブレ。黄色い箱が眩しい老舗の名物だ。受け取るなりぽりぽりと尾っぽをかじる慧梨夏サンの肌はそれまでと何ら変わらず真っ白い。
 盆までの間、しばらくは実家のある光洋エリアに戻っていた。家があるのは本当に海沿いで、大学に入るまではサーフィンとバスケばっかりやってた。まあ、それで浪人したんだけど。
 向島ではどちらかと言えば山の方に住んでるし、海だって遠い。バスケはともかくサーフィンは本当にご無沙汰。体が海を求めてたのに満たされることなく夏を迎え、そこにやってきた帰省のチャンス。

「まあ毎日海に出るっすよね」
「その結果がまっくろくろすけかー」
「つーか慧梨夏サンこそ引きこもりまくってたんじゃないすか? 全然肌の色変わってないっすけど」
「しっつれーい! うちだって外に出てるよ! 鵠っち、先輩侮辱罪で鳥サブレもう1枚」

 ぷんすかという擬音が聞こえそうな勢いで慧梨夏サンが怒っている。つーか先輩侮辱罪って。引きこもりなのは事実なのに引きこもってたんじゃないかって言われて怒るのは違くないか。すると、慧梨夏サンは証人を呼んでくるのだ。

「美弥子サン、言ってやってください!」
「鵠ちゃん、慧梨夏ちゃんは一応外に出てるよ」
「伊東サン。あ、鳥サブレどうぞ」
「ありがと。何を隠そう、慧梨夏ちゃんは夏の祭典にして戦場であるコミフェに出てたからね。その期間中の伊東家は家族水入らずで過ごしてたけど」
「ほらァ! 見たか!」
「どーなんすかそれも。例によって彼氏サンが犠牲になってるじゃないすか」

 花火大会にも行ったし8月になる前に餌は撒いた、と言う慧梨夏サンの残酷さと言ったらもう、腹の中は肌の色を反転したんじゃないかというくらいに真っ黒い気がする。

「ところで鵠っち実家に戻ってたんだったら地元の写真なんかは……卒アルもあればなお良しとは言ってたけど」
「あー……まあ、撮ってる時間的余裕はなかったっすよね」
「ちょおっとー! 鵠っち鳥サブレもう1枚プラスだかんね」

 そして俺は先輩侮辱罪と、提出すべき課題を出せなかったという罪で鳥サブレ2枚を差し出すことになるのだ。渡す物を渡してしまえばぷんすかという擬音の後ろにはわーいという小躍りが見える。

「あの、伊東サン」
「どした鵠ちゃん」
「この鳥サブレ、弟さんに残暑見舞いっていう体で……」
「ああうん、渡しとくよ」

 伊東サンの弟で慧梨夏サンの彼氏だというその人を俺は知らないけれど、話を聞く分にはたまに同情してしまう。ナンダカンダで幸せなんだろうけど、かわいそうに思える成分の方が多いのだから。この鳥サブレが幸せを運ぶとか平和の象徴になるとかそういう効果を生みますように。

「鵠っち、この休みの間にもう1回くらい実家に戻れるよね。海が恋しくないか」
「その辺は予定次第っす」
「うちを助けると思って! 冬のコミフェに向けた地元資料、出来れば卒アルを……この通り!」
「いいっすけど慧梨夏サン、鳥サブレ3枚分以上にして返してくださいよ」


end.

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