エコメモSS

□NO.701-800
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■希望の鐘を鳴らせ

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「カズー、いるー?」
「姉ちゃんどーした?」

 右手でコンコンと部屋の扉をノックすれば、扉を開けた瞬間漏れ出す蒸し暑い空気。そしてその中でべっちょりと床に寝そべっている我が弟。フローリングなのにタンクトップ1枚で張り付いて、暑くないのかな。冷房も入れないみたいだし。もはや夏の風物詩のようにもなっている光景。

「てかこの部屋あっつ!」
「そこ、窓開けてるとたまにいい風入ってくるけど」
「風の流れ作るにも普通扉開けとくでしょ。はー、アタシこんなトコで寝そべってるとかムリだわ」
「で、何しに来た?」
「ああ、本題。はいこれ」

 左手に持っていたのは2枚の鳥サブレ。先日のサークルで後輩にもらったお土産だ。その名目が「弟さんへの残暑見舞い」とは言うけれど、明らかに慧梨夏ちゃんからの扱いに対する同情なのが見え隠れしている。そんなような話をしてた時、明らかに苦笑いになってたからね。
 例によって可哀想な扱いのカズはもうしばらくこっちにいるとか。サークルの合宿が終わったらマンションに戻るつもりだったらしいけど、ナンダカンダでまだこっちにいる。今でもぽっと1日2日だけ戻るとかはしているみたいだけど。慧梨夏ちゃんが引きこもってるからこっちにしても大丈夫なんだとか。

「あっ、鳥サブレじゃん!」
「うちのサークルの後輩クンが、カズにって」
「GREENsで俺と面識があるのって慧梨夏ぐらいじゃないか? 何で名指し?」
「まあ、もらっといて損はないじゃん」
「確かに。鳥サブレは美味しいみたいなことを慧梨夏が言ってたから気になってたんだ」

 手のひらほどあるサブレを前に、この暑さの中水分もとらずにもそもそと食べるのは自殺行為だと判断したのか、ようやくカズは立ち上がって台所へと下りてくる。冷蔵庫から取り出したのはお決まりのアロエドリンク。

「うん、美味い。結構ボリュームあるし。一気に2枚はムリだから、もう1枚は今度食べよう」
「慧梨夏ちゃんに感謝しないと」
「っていうのは?」
「こないだのサークルで、この夏の過ごし方についての話をしてたんだけど。まあ、慧梨夏ちゃんの話はアンタへの同情を誘うには十分すぎたよね」
「ちょっと待て、それはどういう――げほっげほっ、って言うか確か鳥サブレって光洋エリアだよな。まさか慧梨夏、その後輩にいろいろやらかしてないよな」
「そう言えば冬のコミフェに向けての現地資料と高校の卒アルを頼んでたなあ」
「やっぱりかアイツ!」

 悪い予感が当たったのか、ぽりぽりとサブレをかじりながらカズは肩を落としている。カズがどうこう言ったところで慧梨夏ちゃんの趣味は趣味だし、鵠ちゃんの地元は地元で変わりないんだけどね。そういう話を聞いたカズはカズでどうやら鵠ちゃんに同情しているようだ。

「姉ちゃん、その後輩クンとやらに謝っといてくんないかな、慧梨夏がいろいろ申し訳ないって」
「って言うかアタシ伝書鳩ではないんだけどね」
「この通り。ぽぽー」

 両の手をパタパタと。これは鳩を模しているつもりなのだろうか。って言うかカズはこんなことするキャラではなかったような気がするんだけど。

「……アンタ、この暑さでおかしくなってるでしょ」
「少し。ちょっとやったこと後悔してる」
「面白い物が見れてよかったけど」
「ああ、あとその後輩クンにはごちそうさまでしたって言っといて」

 鳥サブレが結ぶ哀しき野郎共の連帯感か。今はまだ互いのことを知らないけど、きっと対面したらある程度意気投合しそうだな、なんて思ったりもする。あーあ、アタシも強請ればもう1枚くらい鳥サブレもらえたかなー。

「姉ちゃんすげー物欲しそうな目してんだけど。サブレ半分する?」
「あっ、もらえるならもらうよ!」
「サブレ半分あげるから、慧梨夏に最悪29日は出て来いっつっといて」
「だからアタシは伝書鳩じゃないっての」


end.

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