エコメモSS

□NO.1701-1800
25ページ/110ページ

■桃の花咲く雛御膳

++++

 先週、バイト明けにベティさんから誘われるまま何の疑問も持たず今日の日を迎え、指定された場所に出向く。その場所というのがベティさんの家、厳密に言うなら大石家。
 弟の大石君が案内してくれた部屋には、お内裏様とお雛様の2体しかない、質素ながらも美しいお雛様が飾られていた。それを見て、今日はそういう日だと思い出した。

「福井ちゃんいらっしゃーい」
「こんにちは……これ、ベティさんの私物…?」
「そうよー、こないだ遠出する機会があってー、ちょうど時期だったから買っちゃったの。どーおー? 綺麗でしょう」
「すごく……」

 もうすぐ料理の支度が出来るから待っててねー、とベティさんは台所へ戻ってしまった。私も何か手伝いをと思って立ち上がれば、大石君がそれを制する。
 それなら近くで雛人形を見ようと少し踏み出せば、近付くごとにその精巧さが伝わってくる。2体だけと侮ることは決して出来ないクオリティ。小道具も緻密に作られているのがわかる。

「お、ミーナ」

 久しく呼ばれない呼称に、自分のことだとは一瞬わからなかった。それに、大石きょうだいとはまた違うそれ。声の主を確かめようと振り向けば、また見慣れない顔で。

「……ロイ」
「ミーナも巻き込まれたクチか?」
「多分、そう……」

 彼――ロイこと朝霞君の話を聞いていると、いろいろなことがわかった。彼はインターフェイスの定例会つながりで大石君と仲良くしていて、この家にも何回か遊びに来たことがあるらしい。
 ベティさんともそういうきっかけで知り合い、良くしてもらっていたとか。今日のことにしても、人数が多い方が楽しいしご飯を食べに来なさいと半ば強制的に連れて来られたそう。

「さ、出来たよー、食べよー」
「めっちゃ豪勢だな」
「兄さん気合い入ってたからね」

 大石君が配るちらし寿司とハマグリのお吸い物は、それこそよくある桃の節句のごちそう。昔は私の家でもこんな雛祭りをしてもらっていたけど、いつからやらなくなっただろう。

「俺、雛祭りとか初めてだ」
「朝霞は男3人兄弟だもんね」
「こどもの日は結構豪勢だった気がする」
「うちもちゃんと雛祭りをやるようになったのは最近なんだけどね。兄さんの気紛れだもん」
「何よ、気紛れで悪い〜?」

 あっはっは、と3人分の笑い声が響き、改めてと握る箸。(私から見れば)大食漢の大石君基準で大盛りにされたちらし寿司を前に、覚悟を決める。ベティさんの作るものだから、味は保証されてるけど。
 順調に食べ進めるのは大石君で、まるで飲み物でも飲むように皿の中身がお腹の中に吸い込まれていく。それを見たベティさんがちーには足りなかったかしらと言うものだから、大石家の基準がわからない。
 私と変わらないペースで黙々と食べるのはロイで、一口の間が長い。食べ始める前とは対照的に、全く喋らなくなった物だから、男の子でもこの量はやっぱり辛いのかもしれない。

「……ロイ、大丈夫…?」
「美奈、朝霞は食べてるときに話しかけても返事してくれないよ」
「そうなの…?」
「口に物を入れてるときは喋らない派なんだって」
「菜月と、一緒……」
「あら福井ちゃん、女の子の友達いるなら連れて来ればよかったのにー」
「多分、今は緑風の実家に……」
「そうなの〜? ざーんねーん」

 結局、食べきれなかった分のちらし寿司は物欲しそうな目をしていた大石君に分けた。ロイも4分の3ほどを食べたところでベティさんがタッパーに包んでいた。
 お雛様は慎ましやかで綺麗なのに、お腹がはちきれそうでそんな味を楽しむ余裕なんてどこかへ行ってしまった。そして思うのは、これはきっと口実だったのかもしれない、と。


end.


++++

唐突に思いついたベティさんの雛祭り回。大石きょうだいと言えば、みたいな感じで朝霞Pと美奈というキャラチョイスだったんだけど、新しいなあ!
大石家のご飯は基本大盛り。ちーちゃんがよく食べるからね! 朝霞Pは小食ってワケでもないけどそれでも毎回タッパーが登場してるとかしてないとか。
ベティさんと言うか大石きょうだいは基本みんなでご飯ーとかみんなでナントカーみたいなのが好きなんじゃないかと思ってみる。

.
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ