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□邪魔者は腹の中にいる
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「さ、しばし待つか」
「はい」

 土曜午後5時半、サークル棟の前。いつも発声練習をしている自販機前の植え込みに腰を掛ける。先週から予定を空けておけと言われていて、これから始まるのは一体何なのか、わからないだけに怖い。
 向島大学のサークル棟は道路こそ舗装されているけど文字通り山の中にあって、そんな場所で座り込んだところで瞬間移動が出来るでもなく。きっと誰かが迎えに来てくれることになっているのだろう。
 ただ、今のMMPで俺と菜月先輩の2人を乗せることの出来る乗り物を持つ人なんてかなり限られている。現役なら圭斗先輩とこーただけだ。だけど、菜月先輩とこーたの間で約束なんかするか?
 いや、もしそんなことになっていたとするならこーたから俺に何らかの話があるはずだし、それがなかったということはそういうことだろう。

「今待っているのは圭斗先輩ですか?」
「そうだ。一緒にご飯でもっていう話になってて」
「そうでしたか。しかし、それなら先週の時点で教えていただければこんなにそわそわしながら1週間を過ごすこともありませんでした」
「本題を先に言うとつまらないだろ」

 そう言って菜月先輩は携帯電話を両の手で握り、つま先はコツコツとリズムをとっている。圭斗先輩のお宅からであればさほど時間はかからないだろう。
 本題を先に言うとつまらないというのはわからないでもないけどドラマじゃあるまいし、どこへ、何の用事で連れ出されるのかわからないのは面白いつまらないではなく不安だ。

「ノサカ」
「はい」
「今日は2時間の遅刻だな」

 真っ直ぐに指さされたのは自動販売機。2時間も遅刻してきたんだから罰則として飲み物を買い与えるべきだ、というようなことなのだろう。
 毎度毎度遅刻をしてくる俺が悪いのには違いない。わかってはいるのだけどなかなか思うようにいかない。病院には電車で寝過ごさなくなる診療科がない物か。

「菜月先輩、水でよろしかったでしょうか」
「ん」

 いつの間にか、本格的な夏を迎えていた。ちょっと前までは日照時間がーとか野菜がーというようなことを言っていたと思ったのに。そう言えば、今年の夏はすごく暑いと話していたのはもっと前のことだ。
 日焼けするのが嫌で長袖のカーディガンを着ているものだから、菜月先輩の首筋には汗が伝っている。夕方と言ってもまだ暑い。そして、菜月先輩には水がよく似合う。
 首にかかる青いスポーツタオルが白いカーディガンによく映えている。番組の収録中とはまた違う横顔に、俺は胸が高鳴りっぱなしだ。
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